お狐様、テレビ越しに知る
ちなみにだが、食事はイナリにとっては完全に趣味である。食べ物を食べても栄養素になるわけではないし、多少の魔力へと変わって体内で完全消滅するが……まあ、完全に誤差の範囲である。
では、イナリに食事は不要なのか? その答えは是であるのは、イナリが元々人間のようであって人間ではないからなのだが……それを明確に示すのが、イナリが神隠しの穴から取り出した魔石だ。
特撮を見終わったアツアゲもやってくるが、魔石を食べることでイナリは魔力を僅かに上げられる。
そう、上げられる……のだが。この方法にもイナリは限界を感じていた。何故なら、魔力が頑固に「A」から上がらないのだ。
名前:狐神イナリ
レベル:68
ジョブ:狐巫女
能力値:攻撃C 魔力A 物防D 魔防A 敏捷D 幸運F
スキル:狐月召喚、神通力Lv9、狐神流合気術、神隠し、飛行、祓いの歌
これが今のイナリのステータスだが、ハッキリ言ってレベルが上がってもあまり成長が見られないようにも思える。他の覚醒者が聞けば「そんなことはない」と言いそうだが、イナリが度々力の強い敵に力負け……怪我はしていないが、力負けするのはこの辺りが原因とも言える。
「ふうむ。元々えすに関しては常識を超えた者が出た場合のものとは聞くが……」
そう、現状世界的に見ても「S」の能力持ちはいない……とされている。いても隠していた場合は分からないが、とにかくいないとされている。つまり実質「A」が最高値であるのだが、その「A」の中でも差があるのは周知の事実だ。だからこそ、こうして魔石を食べているが……どうにもイナリよりアツアゲに効果がある気がしてならないのだ。
「ま、ええか」
どのみち地道に積み重ねるのは重要だ。魔石をポリポリと齧っていたイナリは……月子から個人メッセージが来たのに気付き覚醒フォンを操作し始める。月子から連絡が来るというのはかなり珍しいが……まあ、そんなこともあるのかもしれない。ちょうど先程もメッセージをやり取りしたばかりなのだし。
【月子:テレビつけなさい。どれでもいいわ】
「ふむ?」
一体何なのか。どれでもいいということは何か事件でも起きて速報でも流れているのか。そんなことを考えイナリがテレビをつけると、確かに緊急ニュースをやっている。
―こちら羽田空港です。不動の日本1位である『勇者』……蒼空陽太さんが要請を受け行っていたオーストラリアから帰国するということで、到着ロビーにはすでに多くの人々が詰めかけています! あ、蒼空さんが到着されたようで……凄い歓声です!―
―きゃああああ! 陽太くーん!―
―かっこいいいいいいい! こっち向いて―!―
「うーむ。あれが日本の1位か。てれび越しではあるが、初めて見たのう」
にこやかにファンに手を振っているその姿は、確かに何やら英雄じみている。美青年という言葉がピッタリのその顔はタケルとは別方向の美形であるのだろう、テレビ越しでは分からないが着けている装備も相当高そうなものに見える。
―蒼空さん! オーストラリアでの活躍おめでとうございます! しばらくは日本に滞在されるんですか!?―
―ありがとうございます。予定については今はシークレットですが、しばらくは日本に居たいと思っています―
そういえばほとんど東京、どころか日本にもいないんだったか、とイナリは思い出す。それでランキング1位を保っているのはその隔絶した実力故だというが……まあ、そうであるからにはかなり強いのだろう。テレビで見てもそんなものの真偽が分かるわけでもないし、そんなに興味もないのだけれども。
―特に新しく10位になったコガミさんって人には是非会ってみたいですね―
「ひょっ?」
まさか自分の名前が出てくると思わなかったイナリは座ったままぴょんっと飛び上がってしまうが、テレビの向こうでは何やら大興奮のようだ。
―では今回の帰国は狐神イナリさんに会いに来たということですか!?―
―ハハハ、どうですかね。では急ぎますのでこのくらいで―
―蒼空さん、もう一言お願いします!―
「うむむ……」
何やら面倒ごとに巻き込まれた気がする。というかアレは「会いに行く」というテレビを通じた宣言であるのは間違いない。となると……この件について何か言うべき相手は、1人しかいない。安野に電話をかけようとした矢先、その安野から着信が入る。
「もしもし、儂じゃよ」
『テレビ見ましたか!?』
「うむ、見とるよ。儂の名前が出たのう。儂、何かするべきなのかのう?」
『ええっと……申し訳ありません。あの人ってああいうところあるんです。悪気はないと思うんですが、だからこそ厄介っていうか……あ、いえ。今のは聞かなかったことに』
「まあ大体どんな者かは分かったかのう」
つまるところ、悪気なく騒ぎを巻き起こしてしまうのだろう。まだ経験が浅いらしい安野にそう言わせるということは、よっぽど騒ぎを起こす確率が高いのだろうけども。
『とにかく彼の担当にも言っておきますので……!』
「うむ。忙しいじゃろうに、わざわざすまんの」
『いえ……! では、失礼します!』
慌ただしく電話を切った安野だったが、電話の向こうは結構な大騒ぎだった。となると、本当に突然帰ることを決めたのかもしれないが……そうだとすると、かなり自由な性格をしているのだろう。それならまあ、何処かでは会うのだろうな、と。イナリはそんなことを考えていた。





