ほんに悪い子じゃのう
それからは、本当に一方的な戦いが始まった。
近づく者はイナリにポイと投げられ、遠距離攻撃を仕掛けようとする者も全然成功しない。
だが、それでも「黒い刃」も実力派を名乗るクランだ。中には非凡な者もいる。
「う、お、らあああああ!」
「お?」
ほぼ一瞬での魔法スキル……それもスキル名の詠唱無しでの発動。放たれた火球はイナリに向かって放たれ、小規模の爆発を起こす。
「ハハッ、ざまあみろ! 粉々だぜ!」
「床がのう?」
「はあっ!?」
自分の隣で粉々になって開いた床の穴を見ていたイナリに男は杖を振り回すが、イナリはヒョイと避ける。
「いやあ、今のは少し驚いたのう。そういうすきるは唱えないと発動せんものじゃと思っとったが」
「ハッ! 俺は無詠唱のスキル持ちなんだ! だから……こうだ!」
「何がこうだ、じゃ。この戯けが」
イナリにぶん投げられて、何かをしようとしていた男は床に顔面を打ち付けて気絶する。
「まったく、お主等の建物じゃろうが。儂が気を遣っとるのに何をしとるんじゃ」
此処まで会った全員がそうだが、イナリを倒そうとするのに集中するあまりに他の全てに配慮できていない。今出ている怪我人のうち、フレンドリーファイアが物凄く多いのはビルの通路の狭さが原因というだけではない。「黒い刃」のメンバーたちの雑さが大きな原因なのだ。
「あ、見つけたぞ!」
「ナメやがって! ぶっ殺してやる!」
「おお怖い。怖すぎて歩みが早ぅなってしまうのじゃ」
「ぐわー!?」
ポイポポイとぶん投げられていく「黒い刃」メンバーに振り向きもせず上の階へ歩いていくと、どうやら其処が最上階のようだった。
最上階には立派な扉が1つあるのみ。イナリがそれを押し開くと……待っていたといわんばかりに無数の魔法が飛んでくる。
大爆発を起こした魔法は扉も壁も吹っ飛ばし、立ち昇る噴煙の中クランリーダーは勝利を確信する。
「やったか!?」
「やっとらんのう」
煙が晴れた先にいるのは無傷のイナリと、その前に展開している光の壁だ。あの魔法を全て防ぎきった……そんな防御魔法を新人が使うのは、まあ可能性は低いがないわけではない。
しかし此処まで登ってこれるならば間違いなくディーラー。攻撃に特化したディーラーが防御魔法スキルまで使えるというのは、理屈に合わない。
ならばヒーラー? 戦えるヒーラーなど聞いたことがない。
ではタンク? 可能性はある。あるが……攻撃力にも長けたタンクなど有り得ない。
ならば……目の前にいるイナリは一体何だというのか?
「お前……お前、なんなんだ」
「何、と言われてものう? 一応『狐巫女』らしいのじゃが」
「ふ、ふざけんな! そんなおかしな名前のジョブで、俺のクランをこんな……!」
「おお、それじゃよそれ!」
「はあ!?」
イナリはようやく思い出した、とでも言いたげな表情でクランマスターを指差す。
「お主のくらんはのう、今日から儂1人に総がかりで負けた木偶の坊の群れになるんじゃ」
「なっ、ななっ……」
「お主等のような悪党でも殺さんでくれと頼まれとるゆえ、そうするがの? その代わり……たぁーっぷり、恥を掻いて貰おうと思っとるんじゃよ」
にひひひひ、と笑うイナリにクランリーダーの中で元々あったかどうかも不明な堪忍袋の緒が切れる。元々ナメられたらダメな商売だ。此処でイナリを無事に帰す選択肢も元々ない。
「ブッ殺せええええ!」
「ファイアボール!」
「アイスニードル!」
「サンダーボール!」
魔法使いたちが思い思いの魔法を一斉に放つが、イナリはそれをヒョイと避けながら一瞬後には魔法使いの1人の眼前に立つ。そしてその服を引っ張ると無理矢理頭を下げさせ、その頬をビンタする。
「!?」
「お主等もじゃぞ……あんなもんを建物内でポンポンと!」
「痛ぁ!?」
「ぎゃー!」
イナリにスパーンと尻を蹴られて悶絶する男たちはそのまま立てなくなるが……振り向いたイナリの視界に、巨大なウォーハンマーを持って走ってくるクランリーダーの姿が見える。
「見えたぜテメエの底! やはり遠距離ディーラー! なら近接に持ち込めば俺が勝あああああつ!」
「さよか」
「う、うおおおお!?」
イナリがクランマスターをポイとぶん投げると、ウォーハンマーは床に凄まじい音を立てて落ちる。
そして背中を強打したクランリーダーが立ち上がろうとすると、その胸元にイナリが「よいしょっ」とまたがる。
「ぐっ、テ、テメエ……!」
「おうおう、力が強いのう。吹っ飛ばされそうじゃあ」
言いながら、イナリはクランリーダーの頬にぺちぺちと触れて。
「ほいっ」
その顔を思いっきりビンタする。
「ほいっほいっ、ほい!」
ビンタ、ビンタ、往復ビンタ。クランリーダーにまたがったままの怒涛の往復ビンタにクランリーダーは立ち上がることも忘れるほどに頭の中に星が飛ぶ。
リズミカルに響くビンタ音に魔法ディーラーたちはガクガクと震えて立てない。
「悪い子じゃ、ほんに悪い子じゃのー。儂が躾け直してくれようぞ」
「ふ、ふざけっ」
「口が悪いのう。良い子になぁれ!」
響くビンタの音が止む頃には、イナリは満足げな顔をしていて。
「ご、ごめんなさい……二度と手を出しましぇん……」
「うむ、よろしい」
クラン「黒い刃」はこの日以降……白カードの新人1人に壊滅させられたクランとして知れ渡り、自然とその勢力を減らしていくことになる。そしてそれは残念なことに、イナリの知名度を更に上げるきっかけにもなったのだった。
イナリ「素直に謝れるのは良いことじゃのー」





