お狐様、フォックスフォンにて祝われる
数日後。イナリは秋葉原のフォックスフォンにやってきていた。イナリがイメージキャラをやり始めてからの縁だが、まあ気楽な関係だ。
イメージキャラとは文字通りであり企業イメージ向上のために雇われる人物であり、企業所属であることもフリーの覚醒者と契約することもある。
イナリの場合は後者であり、フォックスフォンに所属しているわけではない。だからこそ例えばイナリがそうするかは別問題として使用人被服工房に所属しながらフォックスフォンのイメージキャラを務める……といったようなことも出来るし、複数の企業のイメージキャラを務める覚醒者もいた。この辺りはかつての時代から変わらないコマーシャルへの起用の仕組みと似ている。
そしてイナリの場合は無用な勧誘からの障壁として覚醒者協会からフォックスフォンを紹介されたこともあり、今もなんとなくイメージキャラとして関係が続いている。
そんな覚醒会社フォックスフォンの代表取締役であり、クラン「フォックスフォン」のマスターである赤井は、代表室で物凄くニコニコしていた。
「何やら嬉しそうじゃのう」
「それはもう! 狐神さんがついに日本ランキング10位になったと聞けば! 自分のことのように嬉しいです!」
そう、イナリは東京第11ダンジョン初攻略の件もあり、ついに日本ランキング10位となっていた。トップランカーと呼ばれるのが5位から上なのだが、10位はもう充分すぎるほどにトップ層といっていい。しかもこの速度でいえば、イナリがトップランカー入りするのも時間の問題であろうと言われ始めていた。それにあたりイナリの異名について色々と案が覚醒者協会宛に届いているらしいのだが……今のところ、別にイナリは何も言われてはいない。
まあ、その辺りをお祝いしたいというので今日は来ているのだが……赤井が指を鳴らすと代表室の扉が開いて一斉に数人のフォックスフォン社員が飛び込んできて整列する。
「狐神様、10位おめでとうございます」
「本日は私たちフォックスフォン営業部一同、一曲やらせていただきます」
「それでは聞いてください……緊急発進! アツアゲ」
続けて入ってきた社員たちが楽器をその場に並べ、あるいは渡し背後に立つと、楽器を渡された営業部員たちは何やら勢いの良い曲を奏で始め、営業で鍛えたのだろうよく響く声で実に楽しげな歌詞を歌い始める。
スクランブル! スクランブル! 日本に危機が訪れる
スクランブル! スクランブル! アツアゲ緊急発進だ
みんなの笑顔を守るため 今こそダイス響かせろ
ダイスロール! 6、6、36! 奇跡のロールが未来を創る
大地に轟く奇跡の巨体! 皆の願いが無敵の光、空へと放つ
(ビイイイイイイイム!)
積み木ゴーレム 無敵の巨体 アツアゲ! アツアゲ! アツアゲ!
輝くダイスと共に!
背後の社員たちをコーラス役に熱血ソングを演奏しきった営業部員たちはやりきった笑顔で一礼する。途中からアツアゲが混ざって踊っていたが、まあそのくらい気に入ったようだ。
「ご清聴、ありがとうございました」
「う、うむ。素晴らしかったのう」
アツアゲも戻ってきて拍手をしているが、それに照れながら社員が退室していき……赤井が満足そうに頷く。
「アツアゲがこういうの好きだろうってことで営業部皆で頑張って作曲したそうです」
「さよか……人気じゃのう、アツアゲ」
イナリに言われてアツアゲがシャキーンと音が出そうなポージングをしているが、つまり嬉しかったのだろう。とても良いことだ。この話を聞けば営業部員たちも喜ぶに違いない。
「と、いうわけで……」
再び赤井が指を鳴らすと、今度は総務部の社員たちが入ってくる。その手には、何やら可愛らしい紫色の布の包みである。
「フォックスフォンを代表して、私たち総務部から狐神様への贈り物です。中は抹茶飴の詰め合わせです」
「ほお……これはこれは。ありがとうのう」
何やら特注っぽい雰囲気があるが、その気持ちがすでにイナリとしては嬉しい。贈り物は何より祝おうという気持ちこそが心に届くものだ。
「ケーキという案もあったのですが……ご友人とも祝われるでしょうし、そうなると消えものが一番ご負担ではないかな、となりまして」
「おお、何やら気を使わせてしまったかの?」
「いえいえ。これからもフォックスフォンをよろしくお願いします……ということで」
「うむうむ。勿論じゃ」
赤井も時折変なことを言うには言うが、基本的には真面目で責任感があって、しかも善人だ。しっかりと色々な勧誘の壁になってくれている恩をイナリは決して忘れはしない。
「狐神さん」
「ん?」
しかし、いつになく真剣な表情の赤井にイナリは疑問符を浮かべてしまう。
「狐神さんも、すでに10位です。チンピラクランは勿論、そこそこ大きなクランでも迷惑な勧誘の類はできない程度に実力を示したといえます」
「まあ、そうなの……かのう?」
「はい。現在4位の黒の魔女もソロですが、彼女に余計なちょっかいをかけようというクランは中々いません。狐神さんも、すでにその域です」
「……ふむ」
「ですから、もし私たちが必要ないと思うときがくれば、ちょっと寂しいですけど……いつでも契約は終了できます。そのときは仰ってくださいね」
「何を言うかと思えば」
イナリはそう言うと赤井に優しい笑みを向ける。なんだか初めて赤井のそんな態度を見た気もするが……それもまたイナリにとっては好ましいものだ。自分のことを考えてくれている。それがよく分かるからだ。
「儂はお主に世話になった恩を忘れたことはない。これからもよろしくのう」
「……じゃあいっそフォックスフォン入ります?」
「入らんけども。うむうむ、赤井らしくなってきたのう」
フォックスフォンとの付き合いはまだしばらく続くだろう。赤井という人間を、イナリはそれなりに好ましく思っているのだ。





