お狐様、引っ越しを考える
世界は常に危機に晒されている。
それはダンジョン、そしてダンジョンより現れるモンスターだ。現状このダンジョンに挑めるのは不可思議な力に目覚めた覚醒者しか存在しないが、これは魔力と呼ばれる全く新しい力に起因するものであるとされている。
初期に覚醒者を強く統制……実質首輪をつけることで既存の社会を守ろうとした国は全て失敗し、モンスターがダンジョンから溢れ出す「ダンジョンブレイク」によるモンスター災害を世界規模で起こす結果となった。
現在では覚醒者自治の象徴でもある「覚醒者協会」が各国の覚醒者により設立され、覚醒者社会と非覚醒者社会の2つが寄り添い、混ざり、されど全く違う流れとして存在している。
そんな中、日本で発生した「土間タケル」を巡る事件は世界的にも大きな衝撃を与えた。
「まだ日本にはそんな分かってない連中がいたのか」、と。まあ、そんな感じである。
基本的な話だが……強い覚醒者とは、それだけで抑止力のような扱いをされる。それを求めすぎ、旧時代の感覚を有し続けた……正直有り得ない話であるがさておいて……まあ、そんな感じの有り得ない事件であった。
となると、他国の覚醒者協会はこう考える。「現在の状況に不満を抱く日本の覚醒者は結構多いのでは?」と……まあ、日本だってモンスター災害で滅びかけたのに感覚をアップデート出来ずにいるなら、もっと先進的な我が国のメリットを教えて誘えば優秀な人材が入れ食いじゃないか? というわけだ。
そんなわけで海外の覚醒者協会から優秀な人材を求めて連日スカウトが送り込まれてくるらしく、日本の覚醒者協会は対応に追われており……その波は、秋葉原にもやってきていた。
「スカウトですか? そりゃまあ、日替わりですよ。私も98位ですけど、ランク入りしちゃいましたし」
使用人被服工房の奥の部屋で、手土産の豆大福を食べながらエリはそう答える。ちなみに豆大福は巣鴨で購入したもので、塩ゆでした黒豆が良いアクセントになっている逸品だ。
「ある程度調べた上で来てますから、向こうで同じようなこと出来るようにするための道筋とかも含めて提案がくるんですよねー」
たとえば、歴史のある爵位持ちの作ったクランへの好条件での入団確約や、確かな技術を持つ縫製系スキル持ちを集めての新規クラン設立支援などなど……エリに「面白い」と思わせるものも多くある。
「ほうほう。受けるのかえ?」
「うーん。スカウトがイナリさんだったら前向きになれたんですけども」
「さよか。儂はしばらくそういうの作る気はないからのう」
「ああ、大和さんは今あっちにいますしね」
「うむ」
「そうそう。その大和さんも大活躍ですよね」
「そうみたいじゃのう」
土間タケル……今は大和タケルの名に戻ったが、現在9大クランの1つ「武本武士団」に所属しているタケルは、順調に活躍の場を広げているらしい。テレビのニュースなどでも名前を聞くようになり、文字通り生まれ変わったかのように活発になったタケルの人気が上がっている……らしい。
「良いことじゃよ」
「そうですね」
具体的に何がどう、などという話はしない。タケルが今活躍している。良いことだ。これはただそれだけの楽しい話であり、それ以外のことは全て蛇足。
……なのだが。2人がそんな感じなので、室内なのに縁側でお茶でも飲んでいるかのようなのんびりした会話である。
「そういえば聞いてませんでしたけど、今日は普通に遊びに来てくださったんですか?」
「ん? いや、引っ越しでもしようかと思うてのう」
「えっ」
その言葉にエリは思わず固まってしまう。確か今住んでいるのは結構……というか相当に良いところであるはずだが、そこで何か不満が出たのか。そう考えて、エリは「あっ」と声をあげる。
「もしかして、いつでもクランを作れるようにってことですか?」
「くらんはともかく、何かあったときの受け皿を頼るばかりではダメかと思うてのう」
タケルを武本武士団にお願いしたこと自体は正解だとは思っている。しかし、何かあったらそうやって誰かを頼るばかりというのは少々責任感というものに欠けている。
「勿論、人の縁は大切ではあるが。救うとは本来相応の責を負う覚悟あってのもの故な」
「そうなりますと、月子さんに聞いてみます? 確か探すって仰ってたような」
「それなんじゃがのう」
言いながらイナリは自分の覚醒フォンを取り出す。エリに見せた画面には1つの物件の売り情報が出ており、地図情報なども添付されていた。
「ちょっと失礼しますね。えーと何々? 古民家を利用した元温泉施設。モンスター災害以降、閉館……場所は……板橋? あー、なるほどですね……」
「何かあるのかの?」
「いえ。かつての時代では良いところだったらしいんですが、今は呪いの地なんて呼ばれて人がほとんどいないんですよ」
その理由は東京第7ダンジョン。アンデッドの出てくる地下監獄型……下水型の東京第5ダンジョンと並んで、物凄く嫌われているダンジョンである。





