お狐様、未来を祈る2
その言葉を反芻するように、タケルは目を瞑る。まだタケルの中で、このことは消化できてはいない。しかし、イナリがそう言うのであれば……自分はそうするべきなのだろうとタケルは思う。だから、静かにタケルは目を開けて。しっかりと、イナリと向き合う。
「……分かったよ、狐神さん。俺は、幸せに生きられるように頑張ってみようと思う」
「うむ、そうせよ」
微笑むイナリに、タケルは頷いて。その表情を見ながらタケルは思う。
(結局、この人については何も分からないままだ。でも、それでいいんだろうな)
今までに会ったどの人間ともイナリは違う。性質としては圧倒的な善でありながらタケルのことを隠したように融通の利かない正義の妄信者というわけでもない。しかし、それは理解できる話ではある。善と正義は違う。ただ、それだけの話であるのだから。
「さて、タケルが今後頑張るにあたってじゃが……今後のことは考えておるのかの?」
「え? いや、何も考えてなかったけれども……まあ、東京を拠点に頑張ってみようかなって」
「さようか。実はの、儂がくらんを作ることも考えておったのじゃよ」
「あ、もしかして」
「うむ。しかしじゃな? お主が1から踏み出そうというときに、儂が出張るのも違う気がする」
そう言うと、イナリは覚醒フォンを取り出し何処かにかけ始める。
「儂じゃよ。うむ、そろそろ来てくれるかの?」
「え? あ、狐神さん?」
タケルが展開の速さについていけないうちに、廊下を誰かが速足で歩いてくる音が聞こえてくる。そうして開けられた襖の先には……武本が立っていた。
「え、あれ。武本、さん……?」
「うむ。失礼する」
武本はズカズカと部屋の中に入ってくるとどっかりと腰を下ろす。その表情は、何かを決めたような精悍な表情だが……イナリに促され、武本はタケルへと向き直る。
「土間殿。必要なものは全て儂が用意する。この武本武士団で全てをやり直す気はないか?」
「え、ええ!? いや武本さん、それは……」
「嫌か?」
「嫌とかじゃなくてですね。どうして」
「恩と縁じゃ」
そう、武本はタケルが運び込まれてきた日……イナリに頭を下げられたのだ。
ある程度の事情を聞かされたうえで、タケルが望むならばその道を手伝ってやってほしいと。絆の大切さを知っている武本だからこそ頼めると、そう言われたのだ。
武本にとってイナリは大恩ある相手……頼まれたならば全力で叶えようと思っていたし、何よりそう思われていたこと自体が武本は物凄く嬉しいことだった。隣で聞いていた恵瑠に羨ましそうな視線で見られたのはさておいて……そういう事情で武本は今、タケルに提案していた。
「全てではなかろうが、ある程度の事情も聞いている。狐神殿よりも、レベル1からやり直すには武本武士団のほうが向いておろう」
「え、と」
「再度言うが、土間殿が嫌というのであれば無理強いはしない。しかし、儂らはお主が全てをやり直すには良い環境を用意できると思うぞ?」
確かに武本武士団であれば新人育成もお手の物だろう。何よりタケルはレベルは1でも新人ではない。まだステータスも無茶苦茶なままだが、少しずつ安定してきている感覚もある……あと一押しで何らかの形に落ち着くだろうし、そうなれば適切な支援を出来るのは、確かに武本武士団だろう。
真面目な表情の武本とニコニコしているイナリを見て、タケルは嬉しい気持ちと残念な気持ちが混在していた。
(いやまあ、これ以上ないくらいに良い提案なんだよな。俺のことを考えてくれてるのがよく分かる)
だからこそ、タケルは武本に向き直り頭を深く下げる。
「ありがとうございます。このお話、お受けいたします」
「ああ、よろしく頼む」
「うむ、決まりじゃな!」
自分のことのように嬉しそうに言うイナリに、タケルは敵わないな……と思う。自己犠牲というわけでも何かの使命のためというわけでもなく、ただ自然体に「こう」なのだ。それは、非常に眩い生き方で……出来れば自分もそう在りたいと思えるようなものだ。
「……ん?」
だから、だろうか。タケルの中でバラバラになっていたものがカチリ、と嵌るような感覚があった。
まさか、とタケルは思う。しかし開いたステータス画面には、確かにそれが記載されていた。
名前:大和タケル
レベル:1
ジョブ:クサナギ
能力値:攻撃B 魔力E 物防C 魔防C 敏捷C 幸運D
スキル:幻想草薙剣
スキル名:幻想草薙剣Lv1
詳細:魂に刻まれた形「幻想草薙剣」を召喚する。火に対し強い制圧力を得る。
「ハ、ハハッ……」
「む? どうしたタケル」
「一体何があった?」
イナリと武本にタケルはどう説明したものか、と思う。生まれ変わった自分は「土間タケル」ではなく再び「大和タケル」になった。それはいい。しかし、このジョブとスキルは。間違いなく、イナリに影響されている。しかしこんなもの、本当にどう説明したものか。
(俺の憧れがそのまま形になった。つまりそういうことか……?)
いや本当にどうしたものだろうか。考えて、タケルは笑いながらイナリへ答える。
「狐神さん。どうやら俺、心の底から貴女に憧れてるみたいだ」
恋ではなく、愛でもなく。ただ眩くて。だからこそ近づきたいと思う。だからこそ、そうなりたいと願う。それはいつの世も変わらない、美しい関係の形であるだろう。





