お狐様、草津の危機に挑む2
世界書き換え。それが如何なるものかは、イナリは目の前の光景から判断するしかない。礎なるものがどのようなものであるかも、見て判断するしかないだろう。少なくとも上空から見る限りではそれらしき強い気配を持つものは見つからない。
(いや……何かある。アレは……!)
イナリが見つけたそれはダンジョンゲート。この異界と化した場所にも残っているそこの前に……透明な結晶のような巨大な何かが突き刺さっている。
「アレか……と、ぬおおおお!?」
ダンジョンゲートへ向かって飛ぼうとしたイナリへ向かい、下から無数の火炎の矢が射かけられる。それを放つのは燃え盛る炎の人型の群れであり、絶え間なく射かけられる矢はイナリにぶつかり爆発を起こしながら弾けていく。
イナリの巫女服はその炎も爆発も一切通さないが……それでもたまったものではない。とにかくその場を飛び去ろうとしたその矢先。イナリの真上に、炎の天井から生まれた超巨大な腕が現れる。
「な、なんとお!?」
それは空中にいるイナリを叩き潰さんという勢いで振り下ろされ、燃え盛る地面へと叩き落とす。
「ぬおおおおおお!?」
地上へと落とされたイナリはそのまま炎の人型へと衝突し吹っ飛ばし、それでも衝撃を殺し切れずに燃え盛る地面へと叩きつけられる。そこに周囲の炎の人型が矢を射かけていくが、その爆発の中でイナリは何事もなかったかのように起き上がり狐火を乱射する。
しかし、炎の人型たちは吹っ飛ばされはするが傷1つついた様子はない。単純に炎だから火は効かない……という理屈ではないようにもイナリには思えた。思えたが、それはそれ。人型たちが倒れた瞬間に、その身体を踏んづけてイナリは走り去る。
「すまんの、時間がないからのう!」
背後から飛んでくる炎の矢も通じないのであれば無視していい。とにかく、この場を作る原因をどうにかしなければならないし、恐らくアレは倒してもすぐに復活する類だ。分類的には式神とか、そういう類の人形だろう。現代的に言えば魔力で動くロボットに近い。
そして燃え盛る地面からは剣やら弓やらを持った炎の人型が次々と起き上がり、イナリへと攻撃を仕掛けてくる。大軍としか言いようがないそれらへイナリは真っすぐ突っ込み……いとも簡単に投げ飛ばす。
狐神流合気術……どんな体勢からでも相手を投げ飛ばすスキル。だからこそ、炎の人型だってイナリが触れられるならば投げられる。ポイポイと冗談のように炎の人型を投げ飛ばしながら、イナリは先程上空から見た光景を思い出しながらゲートへと突っ走っていく。
投げて、走って。投げて、走って。イナリの視線の先に、ついに透明な巨大結晶が現れて。
「させない」
「む!?」
巨大結晶の背後から飛び出てきたタケルが、炎の剣を振るう。そう、炎の剣としか言いようがない。真っ赤な炎を剣の形に凝縮したかのようなそれを、イナリは狐月で受け止め弾く。
「凄いな。炎の剣を弾くのか……大抵のものは溶断できるはずなんだけどな」
確かに、イナリの狐月が普通の武器であったならばそうなっていただろう。タケルの持つ炎の剣には、それを可能にするだけの力があるようにイナリにも思えた。
「タケル……これはお主の仕業じゃな?」
「ああ、そうだよ狐神さん。間違いなく俺の仕業だ」
「何故じゃ。お主は……草津を元の姿に戻したいと思っていたのではないのか⁉」
「俺が一言でもそう言ったか?」
「……!」
言ってはいない。イナリがそうではないかと考え協力提案もした。タケルはそれを断ったが……確かにタケルは1度も「草津を元の姿に戻したい」と言ったことはない。
「無理だよ。草津を去った人たちにだって、今は新しい生活がある。たとえ俺が草津全てを買ったところで、元の姿になんて戻りはしないんだ」
「では、お主は……草津をこのような姿にして、何がしたいんじゃ!」
「何も」
「……どういう意味じゃ」
「何も望んでやしない。だけど、草津は俺のせいでああなった。後から来た金持ちや権力者連中も悪いけど……一番悪いのは俺だ。俺が此処に居たから、草津はああなった。さっさと何処にでも行けばよかったのにさ」
「お主、それは……」
それは、タケルのせいなどではない。タケルを利用しようとした連中が一番悪いに決まっている。しかし、今更そんな言葉はタケルには届かない。
「だから、あの日。俺に脅しをかけようとした連中が放った炎から、神様が呼びかけてきた。全て終わりにしてしまえって。二度と誰にも穢されないようにしてしまえってな」
「……それが、これか?」
「ああ。此処には条件が揃っていた。強い火の力を持つダンジョン。そして同じく火の力を強く持ちダンジョンと影響しあう土地。燃え盛る人の業……そして、炎の剣を投げ込むに適した器」
タケルの炎の剣が、その勢いを増す。結晶を守るように立つタケルは、イナリへとその切っ先を向ける。
「狐神さん。今からでも遅くはない……帰ってくれ。そうじゃないと、殺すしかなくなる」
タケルのその頼みに、イナリは小さく息を吐き狐月を構える。
「聞けぬよ、タケル。とはいえ、これは正義ではない」
「なら、なんで俺を止める?」
「お主が祟りと化すのを見てはおれぬ。まあ……儂の我儘じゃよ」
「そうか。じゃあ仕方ないな」
タケルは表情を真剣なものへと変え……炎の剣を振り被り、一気に振り下ろす。
「貴女を殺すよ、狐神さん」
響く爆音は、草津の命運を決める戦いの合図であった。





