お狐様、草津を歩く2
そうしてタケルに導かれるままに歩いていくと、あまり観光地といった雰囲気のない場所にいつの間にか入っていく。まあ、草津がどれだけ観光地だといっても地元の住人の住む場所もあるので当然こういった場所はあるはずだが……そこでイナリは1つの違和感を感じていた。
「これは……随分と傷んでいる建物が多いのう」
そう、この小さな住宅地域とでも呼ぶべき場所はどれも人が住まなくなってから大分たつような……そんな場所だったのだ。
それだけではない。道路のコンクリートもあちこちひび割れ、少なくとも車が通ればかなりガタガタしそうですらある。まるで此処だけが忘れ去られたような、そんな風にすら見える。
「ああ。此処は草津の住人だった人たちが住んでた場所さ。まあ、此処はあくまで一部だけど……俺もこの辺りに住んでたことがあるんだ」
「青山の実家というやつじゃな」
「そうだな」
(てっきり青山のご両親は、まだ住んどるものかと思うたが)
タケルがあの焼けてしまった家に移り住む前の経緯については「青山の実家に居た」ということくらいしか知らないイナリだが、タケルがそこを出たとしても青山の両親がまだ住んでいると当然のように思っていたのだが……この辺りにいたのであれば、もう引っ越したのかもしれないとも思う。
まあ、青山も今は秘書室長だ。東京に移り住んだのかもしれない。イナリはそう考えながらタケルの横を歩き……やがて、何もない空き地の前でタケルが止まったのに気付く。
「此処がそうだよ」
「そう、とは……」
「青山さんの実家」
実家とはいうが、此処には何もない。此処は、ただの空き地で。そう、住宅地にぽっかり空いた空き地。その両隣も……何もない。広場というのはあまりにも空虚なその場所に微かに残されているのは……炭、だろうか?
こんなところに炭がある、その理由に……イナリは、気付く。
「火事、か……?」
「ああ。青山さんの実家は燃えた。両隣を含む全焼……それ以来、此処はずっとこうなんだ」
「……青山のご両親は」
「無事だよ。今は東京に住んでる」
「そうか。それはよかったのじゃ」
嘘ではない、とイナリは思う。完全に全てを語っているわけではないのだろうが、青山の両親が生きているのは恐らく事実なのだろう。
「色々あって、此処が燃えてさ。青山さんも東京に来てくれとは言ってくれたんだけど……」
「何故行かなかったんじゃ?」
「……さあ。なんでかな」
イナリには言わない。しかし、タケルは今でもあの日のことを鮮明に思い出せる。夜遅く、燃え盛る家の中から青山の両親を助け出したそのときのことを。あの日に呼びかけてきた、神のことを。
「元々の草津の住人なんて、今はほとんど居ない。皆金の力で追い出されたからさ」
新住人問題。それについてはイナリも聞いている。強引な手段で「安全な場所」を手に入れたのは……良いはずもないが。それをさておくとして、それによる歪みは誰も考慮しなかったのだろうか? まあ、していないのだろう。そうであれば、こうなるはずもない。
「この辺りはさ、俺が買ったんだ」
「お主が? しかし何故……」
「忘れないためだよ。どれだけ草津が奪われ元の姿が消えようとしても、その歪みを絶対に忘れさせなんてしない。まあ、そんなささやかな抵抗だよ」
此処を買い取るという話も全部断ってきた。タケルが覚醒者であり日本3位の実力者である以上は、どれだけ非覚醒者の立場から何かをやろうとしても、国ですら強制はできない。だから此処は、このまま残っている。
「俺がもう少し早くどうにか出来ていれば、草津がこうなることもなかったのかもしれないけどな」
「タケルは責任感がどうにも強すぎるのう。別にそれはタケルのせいでもなんでもあるまい」
「ハハッ……狐神さんなら、そう言ってくれるかもって思ってた」
「ふむ?」
「狐神さんは俺を評価してくれるけどさ。俺なんて結局、こんな自己満足みたいなことしか出来ないんだよ。未練がましくて、その割には何も出来ちゃいない。ただのダメ野郎さ。だからさ」
「誘うのなんてやめたほうがいい、という話であれば聞かんぞ?」
イナリのため息交じりの言葉に、タケルの笑顔が固まる。今まさにそう言おうとしていたのだが……ちょっとだけ怒っているような表情のイナリに、罪悪感も感じてしまったのだ。
「失われた思い出にしがみ付いて何が悪い。ただ朽ちていくだけの場所に縋って何が悪い。それが自身を形作るものだったのであれば、未練が残るは当然じゃ」
イナリ自身、あの廃村にずっといた。たぶん世界の変化を感じなければ、あるいは……あのヘリコプターが来なければ。今でもイナリはあの廃村に居たかもしれない。そして今も、あの村での日々を忘れてなどはいない。もうあの場所は朽ち果てるのが定めであるとしても。
「愛は消えぬよ、タケル。お主が未だ草津を元に戻したいと願うのであれば。儂はそれを手伝おうではないか。なに、頼りになる知己は居るでの。知恵を借りるはそう難しくはないぞ?」





