お狐様、決める
少しの無言の後……イナリは決意するように「よし」と頷いた。
「今すぐというわけではないが……タケルがその気になったなら作るとしようかの」
「確か草津でやることがあるって言ってたわよね」
「うむ」
「何をする気か分からないけど……手伝えるようなことなら、手伝うのもアリね」
「そうじゃのう」
タケルが草津で何をしたいのかは分からないが、手伝えることであれば手伝いたいとイナリは思う。タケルはどうにも一人で……まあ、今までのことを考えれば仕方ないが、思いつめる傾向がある。まずはその辺りから始めていき、居場所を提供する準備があると示すのは正しい流れであるだろう。
「月子もありがとうのう。確かに人を誘おうというのに受け皿も何もなしでは、此方の本気度も伝わるまい」
「別にそこだけが問題じゃないけど……ああいうのにはこっちも本気で挑まないと伝わらないものよ」
こんな簡単にクランの設立などを決めてしまってもいいのかという気持ちがないわけではないが、実際クランなどというものの始まりはそんなものである。仲良しサークルに相互扶助、あるいは純粋な企業。始まりは様々だが、こういうのも勿論アリである。
「さて、そうなるとタケルと腰を据えて話し合いたいところじゃが……ま、明日以降じゃな」
「まあ、そうですね」
エリも頷くが、時間はもう夜の10時過ぎ。こんな時間に押しかけるなど、一般的な昼型の生活をしていればちょっとばかり配慮に欠けていると言わざるをえない。そもそも、タケルだって色々と心の整理をして気持ちを落ち着ける時間が必要だ。善意を押し売りするばかりでは、悪意とあまり変わりはない。
「草津の新住人の件も気になるわね。ちょっと草津に滞在して調べる必要も出てきそうだわ」
「まだもう少し草津に滞在することになるのう」
「そうですね。あ、そういえば……」
「む?」
「クランを作るとなりますと本部登録が必要になりますよ。イナリさんのご自宅は広いですし小規模なクランは自宅に本部を置いてることもありますけど。今後のことを考えると、あそこは不向きだと思います」
そう、クラン本部の形は様々だ。10大クランだけを見回しても越後商会のように完全にオフィスビルのように割り切ったものであったり、武本武士団のように自宅や寮兼用の場合もある。どちらも一長一短であるし、武本武士団の場合には有事の際の避難所などのような地域貢献も考えていたりもする。
「……ふむ」
「まあ、その辺はそのうちでいいでしょ。私がイナリの希望を聞いて候補地を纏めてあげる」
「おお、月子は頼りになるのう」
「そういうのは任せなさい」
そんなことを朗らかに話していると、少しばかり冷たい風が吹いてきて月子がプルッと小さく震える。もう夜も遅い時間だ……すっかり冷えてしまったのだろう。それにイナリも気付き「むっ」と声をあげる。
「そろそろ戻るとするかのう」
「そうしましょうか。やっぱり標高高いからか夜は冷えるわね」
言いながら3人は宿へ戻るべく歩き出すが、そこでイナリはふと思い出し湯畑を振り返る。どうどう、と凄まじい勢いで流れ落ちる温泉水を見ているイナリに月子が「どうしたの?」と声をかけると、イナリはそんな月子へと視線を向ける。
「タケルから、ダンジョンのおかげか草津の源泉や湯量に好影響があったと聞いたんじゃが……月子はそういうのを何か知っとるかと思うてな」
「ダンジョンの影響……?」
しかし、そこで月子は訝しげな表情になってしまう。何を言っているんだ、と。そう言いたげな表情だ。
「誰がそんなこと言ったの? 土間?」
「あ、いや。可能性程度の話じゃったがの」
「そうね。あくまで可能性の1つよ」
草津の源泉の中には、かつての時代に枯渇した小源泉もあったんだ。でも今はその全てが復活している……そして湯量は常に一定であるとされてる。ミリ単位でな。タケルはそう言っていた。そしてそれが、ダンジョンの影響と考えられるとも。
「確かに草津でそういうことがあったのは事実よ。ついでに言うと熱海でも同じ現象が起こってる」
人工的に噴出させていた熱海の大湯間欠泉が突然自噴するようになったというのも有名な話だが、それが「ダンジョンの影響である」と決まったわけではない。あくまで可能性の1つであり、世界に現れた「魔力」という新エネルギーの影響であるという説の方が濃厚だ。
「確かに世界にダンジョンが現れ、覚醒者が現れ、魔力が現れたわ。でも『どれが原因であるか』は確定してないの」
「ふむ……?」
世界にダンジョンが現れたから他の全てが発生したのか、それとも覚醒者の登場により全てが始まったのか、あるいは魔力の出現により世界が変わったのか。鶏と卵の話のようだが、どれが最初であるのかは未だ確定しないし、今後確定するかも分からない。
「世界規模でこういう調査は行われてるわ。まったくもう、土間もそういうのはちゃんとそこまで話さないとダメじゃないの。中途半端な情報はデマや偽科学の元になるのよ」
「月子や。儂が勘違いしただけじゃから……」
「ダメよ。こういうのはね、影響力ある人間が適当なこと言うとそれが真実みたいになっちゃうんだから。今は許してあげるけど、全部解決したらその辺を諭してやらなきゃ」
「今は許してあげるって辺りに優しさが垣間見えてますよねえ」
「うむ。月子は良い子じゃのう」
「え、突然何⁉」
突然褒められて動揺する月子と、そんな2人をほのぼのとした表情で見守るエリとイナリの足取りは軽くて。まるで、長年一緒にいる友人同士の姿のようですらあった。





