お狐様、友情を見守る
イナリの追加での宿泊手続きは本部が即座にしてくれたということで向かった旅館は、湯畑から少し坂を下った場所にある旅館であった。
元々は此処にあった旅館を再現したものであるらしいのだが、当時の雰囲気を可能な限り再現した趣のある場所だ。
入ってすぐに存在する履物を脱いで上がる板の間は趣深く、随所に昔懐かしさを感じさせる造りが残っている。
「イナリさんの履物もそれ、必要ないときは消えるんですねえ。玄関に靴とかないとは思ってましたけども」
「まあ、儂の着ているモノは変化しておるだけで、全部1つじゃからのう」
「え、それ何かあった場合どうなるんですか……?」
「あまり考えたくはないのう」
ちなみにイナリの巫女服は狐月と同じく特別なものであり名前を「百狐」という。いつでも綺麗で清潔な状態を保ち、イナリの思うままの形に変形可能であるが……その防御能力に関しては、世の覚醒者たちが聞けば驚くような性能を誇っている。つまるところ、狐月と同等程度には凄まじいものなのだ。
「まー、そこの思春期みたいなこと言うエロメイドはともかく」
「エロメイド!?」
「全部一体型の変形装備ってのは結構楽そうね。何処まで変形可能なの?」
「まあ、儂が理解できる範囲ならなんでもいけると思うがの」
「後で見せてね」
「ええよ」
「その前にエロを撤回してほしいんですけど!」
「めいどを撤回しろと言わんのは流石じゃのう……」
そんなことを言い合いながら部屋に行けば、これがなんとも純和風の部屋であった。窓を開けるとそこには和風の格子が嵌っていて、風景は道と向かい側の建物程度のものだが、これはこれで中々に面白い。
「ふーん。ま、こんなものかしらね」
「ええ部屋じゃのう」
「趣がありますね!」
三者三様のその感想に互いが顔を見合わせ……というよりはイナリとエリが月子を見る。2人としては立派に見える部屋が月子にとっては「それなり」という感想であることが分かったからだ。それ自体は別に悪いことでも何でもないけれども。
「普段どんな部屋にお泊りに……?」
「うっさいわね、私くらいになるとスイート以下の部屋じゃ警備が難しいとかいって難色示されんのよ!」
「あー、なるほどのう。今回もエリは名目は護衛じゃものなあ」
言いながらイナリは「ん?」と首を傾げる。しかしそうなると妙なことが1つある。
「ならば何故今回はすいーと? ではないんじゃ?」
「……イナリがいるからでしょ」
「あー、納得です」
「儂を過大評価し過ぎではないかのう……」
まあ、実際覚醒者協会日本本部の認識としてはイナリはかなり規格外であり、10位以内に入るのも秒読みではないかとされている。そんなイナリがいるのであれば安心と考えるのはまあ……普通のことなのだろう。
「あ、お饅頭ありますよお饅頭」
「これこれ、そういうのは茶を淹れてからにするのじゃ」
「あー! 待って、待ってください! お茶を淹れるのは私がやります!」
机の上にあるお饅頭を見ていたエリがバタバタと走ってくるが、これもまたエリの言うメイドチャンスなのだろうとイナリは微笑み譲る。そうしてエリが鼻歌混じりにお茶の準備をしているのを見て、月子が「んー」と声をあげる。ちなみに月子はすでに畳に寝転がっている……畳が好きなのかもしれない。
「あのさー。ずーっと思ってたんだけど、メイドの格好が好きなの? メイドが好きなの?」
「難しい質問ですねー」
「そんなに難しいかしら」
「難しいですよー? そもそも使用人被服工房って『本物』はセバスチャンさんくらいですし」
「誰よセバスチャンって」
「うちの執事長です。経歴が凄い謎なんですよね……」
さておき、使用人被服工房はメイドや執事の教育を受けた者たちの集まりではない。その源流はむしろサブカルチャーにおける想像上のメイドや執事であり、そういう格好を好む……言わば形から入るの究極系である。
「まあ、とにかくメイドを職業にしてるわけではないんですよね。どちらかというと趣味でメイドをやってる感じです。ですからまあ、先程の質問で言うと『メイドが好きだからメイドの格好も好き』って感じですかね!」
「なんか分かった気もするわ」
「よかったです!」
そうしてエリの淹れたお茶を全員で飲むが、イナリが淹れるよりも余程美味いのだから流石としか言いようがない。
「けれど、どうして私のメイド道の話を?」
「めいどどう……いやまあ、たいした意味はないわよ。気になっただけ」
「そうでしたか! なんでも聞いてくださいね!」
パッと笑うエリに月子はウッと呻くとイナリに視線を向ける。
「ねえ、こいつのクランって皆こんな感じ?」
「うーむ。個性豊かではあったかのう……まあ、エリは良い子じゃよ」
「それは同意する……」
しばらく無言で天井を見上げていた月子は座り直すと、真面目な表情でエリへと手を差し出す。
「何度か会ったことはあるけど、正式に要請するわ。友達になりましょ」
「え? はい。私でよろしければ」
そうして握手をすると月子はそのまま畳に寝転がり、エリは疑問符を浮かべてイナリを見る。
「あの……私、どの辺りで好感度を稼いだんでしょう……?」
「何処でも良いのではないかえ? 仲良きことは美しいというしのう」
月子に友人が増えるのも良いことだ。イナリはそんなことを考えながらニコニコと微笑んでいた。
Tips:月子は友達がイナリくらいしか居ない。





