お狐様、探す
「別に大丈夫でしょ」
「む? そうかの?」
呆れたように言う月子にイナリが首を傾げれば、エリも「そうですよー」と声をあげる。
「なんじゃなんじゃ、エリまで」
「いえ、だって……さっきの戦闘の跡もホタルマル? で全部直ってますし……これだけ凄いの見て証言しない人はいませんよ」
むしろ誰もが証言したがるだろう、とエリは言う。自分が凄いものを見たその当事者であると言いたがるのは人の常だ。ならば自然と超人連盟のことも明るみになるし、そうなればタケルの無実も判明していくというものだ。
「さて、と」
「む?」
イナリと月子をエリが抱えダッシュすると……一瞬遅れてハッとした表情のノアがその後を追う。ノアも何が起こるか気付いたのだ。しかし当然のようにイナリは分かっておらず、それでもすぐに理解させられる。
「ありがとうございます!」
「イナリちゃーん!」
「あの! よかったらサインとか……!」
「しっかりお礼させてください!」
「ごめんなさーい! 色々と事後処理とかあるので!」
エリがヘリに飛び乗るとノアも慌てて乗り込み、ヘリが上昇を始める。そのヘリに向かって人々の声が響いていたが……そのままヘリは群馬第1ダンジョンへと向かっていく。
「エリ、ありがとうの」
「いえいえー。こういうのは慣れてますから」
「儂のせいでばすの迷惑になってもいかんかったしの。ほんに助かったのじゃ」
実際適当なところで抜け出すのはイナリであれば十分可能だが……そうすれば当然不満が出るものだ。だからこそ、この対応は仕方のないことだ。それに……イナリとしては喜んでいる気分で無いのも確かだ。ヘリが群馬第1ダンジョンに降りると、入り口ゲートがぴったり閉じられているのが見える。あちこちに目隠しの布もあるが、どうやらイナリたちが出発した後も何かあったのだろうことが簡単に想像できた。
「さて、タケルを探さねばならぬが……何処に行ったのかのう?」
「もう草津を出た……というのはないですよね。有名人になっちゃいましたし」
「そうね。バスも飛行機も使えないはず。徒歩で出たならその限りじゃないけれど」
実際、タケルほどの覚醒者であればそれも充分に可能だろう。しかし草津から出たところで全国区で顔が知られている事実に変わりはない。然程の意味はないだろう。となれば、誰もいないところにいる……ということになるのだが。
「そうじゃ。その件を解決せねばのう」
イナリが安野に電話をかけ始めると、なんと2コールで安野が電話に出る。此方の状況を気にしてくれていたのだろう……なんとも頼りになるとイナリは思う。
『狐神さん!? そちらは大丈夫ですか!?』
「ん? おお、大丈夫じゃがな。実はタケル……土間タケルのことなんじゃが」
『え? その口ぶりからすると超人連盟は』
「倒した。色々あって遺体は消えてしまったがの、証言者はたくさんいると思うのじゃ」
イナリがそう言えば電話の向こうで安野が「おお……」と声をあげているのが聞こえてくる。
『分かりました。ではその方向で発表します。ちなみに超人連盟のメンバーの正体については鑑定で何か掴めましたか?』
そんな感じで幾つかの情報を交換していくと安野は「ありがとうございます」と電話の向こうで頷く。実際、この程度あれば動くには充分だからだ。
『すぐに記者会見を開き、土間さんの無実について伝えます。すでに準備は出来ていますので』
「おお、ではよろしく頼むのじゃ」
『いえ、それではいったん失礼します』
実際、覚醒者協会としても今回の件は捨て置くわけにはいかなかった。出張所の連中はともかく日本本部としてはタケルの貢献については正しく評価していた自信もある。だからこそ、イナリがいなくとも日本本部が真相究明のための部隊を送り込んでいたのは間違いないだろう。
「記者会見をするそうじゃ。これであとは……」
タケルを見つけるだけだと。イナリはそう言おうとするが……しかしそこが全く解決していない。家は焼けてしまった。町中にはいないだろう。そうなると何処に行ってしまったのか?
「ダンジョンに入ったという可能性はどうですか?」
「ないわけじゃないと思うけど……それをやるには職員に気付かれないようにしないと不可能よ」
エリと月子はそう言い合うが、実際にバレずにこっそりダンジョンゲートに入るには隔離している壁か門を職員に気付かれずに越え、ゲートの隣で待機している職員の目も欺く必要がある。それは正直に言って、かなり難しい。府中のときのように全員を眠らせるといったようなことが出来なければ不可能だからだ。タケルにそれが出来たかというと……正直疑問だ。
ならば、タケルは何処に行ったのか? それを考えて……イナリはふと思い出す。以前聞いた、恵瑠の身の上話。覚醒し自分だけが生き残ったという、その話を。
そう、覚醒者は非覚醒者が死んでしまうような状況でも生き残る。それは、つまり。
「……! まさか、タケルは」
イナリは走り出し、門を開けて外に飛び出し、そのままタケルの家のあった場所へと走っていく。すっかり全焼し瓦礫の山となったその場所には、もう野次馬の姿もまばらで。その瓦礫をイナリは片っ端から放り投げていく。
……かくして、そこには。全てを諦めたような無表情の……うつ伏せで倒れている、無傷のタケルの姿があった。





