お狐様、対峙する
―警告。WARNING。危険。使徒が己の存在を代償に捧げることで【証明不能なる正体不明】がその権能を行使しました!―
―本物ではありませんが偽物でもありません―
―警戒してください。前回とは違うルートを使用しています―
そこにあったのは、すでにサイラスではなかった。言うなればそれは異形。
何やら不安を感じるような、そんな形の三重冠を被るそれは確かに首から下はサイラスだが、その顔は先程の黒く星々の見えるような不可思議なものに変わったままだ。
「ああ、ああ。まさかこれ程早い再会とは。とはいえ、前回君に塞がれてしまったルートの復旧はまだなんだが。おかげで私は大分不自由しているよ」
「お主……確か【証明不能なる正体不明】とかいう奴じゃったな」
「然り。さて、中々妙なことになっているようだが……まあ、許容しよう。私を引っ張り出したのはまあ、どうかと思うが。それも赦そうじゃあないか」
何やら訳の分からないことを言っている【証明不能なる正体不明】へと、イナリは狐月を向ける。先程の爆発の影響で一般人は気絶し、あるいは怪我をして呻いている。どうにかしたいところだが、これをこのまま放置するわけにもいかない。
「さて、前回言ったねコガミイナリ。今度はもう少しマシな私と遊ぼうと」
「……大人しく帰る気はない、ということかの?」
「それは君次第だな。たとえば、そう……」
油断なく剣と盾を構えていたエリへと【証明不能なる正体不明】は視線を向ける。
「えっ?」
「ちょっとそこの彼女を壊してみようか?」
【証明不能なる正体不明】が何かをしようとしたその刹那。【証明不能なる正体不明】に触れたイナリが思い切りその身体を投げ飛ばす。
「おお! これは凄い! 理不尽だ! ハハハ、楽しいね!」
はしゃぎながら投げ飛ばされる【証明不能なる正体不明】は、ピタリと逆さまのまま身体を空中に固定する。まるでそこに地面があるかのような、そんな理解を拒むおかしさだ。
「ぐ、あ……っ」
離れた場所でノアが膝をつく。その瞳は紫色に光っていたが……焦点があっていない。まるで見てはいけないものを見たかのような、そんな表情だ。
「分からない。なんだあれは……見えない。何も見えない……!」
「おやおや」
逆さまのまま空中を歩く【証明不能なる正体不明】が、ノアを覗き込む。
「鑑定スキルってやつだね? 私を? ああ、可哀想に。他の連中ならともかく私を見ようとするなんて! それは私とは非常に相性が悪いスキルだよ。世の中、見てはならないものはたくさんあるものさ……えーとあれだ。深淵を覗くと深淵も覗いていて頭からガリガリ食われるんだっけ? 違うか? アハハ!」
そう笑う【証明不能なる正体不明】の左腕が、砂のようにざらりと崩れて消える。
「おお、これはいけない。おかしなやり方で端末を作ったものだから、もう壊れかけている」
「お主……」
「ああ、そう怒らないでくれよ。これはサイラスが望んだことなんだ。彼は君たちに捕まるくらいならばと私に身を捧げ消える道を選んだのさ。ああ、なんとも悲しいことじゃないか! そして素晴らしき信仰だ!」
「欠片も思っとらんことをペラペラと……その口からは虚言ばかり出よる」
「ああ、そうとも! けれどそんなものだろう? 誰しも本音だけでは生きていけないさ!」
言いながら【証明不能なる正体不明】は右手から光線を放ち……しかしイナリの展開した結界に塞がれ消える。しかしそのときにはもうイナリの眼前に居て。イナリの振るう狐月をその手で受け止める。空中を歩くのはやめたのだろうか。すでに地上に足をつけている【証明不能なる正体不明】は、ハハハと軽やかな笑い声をあげる。
「私にせよ、他の連中にせよ……君とはいずれぶつかる形になるんだろうね」
「お主のような邪悪とは当然そうなるじゃろうな」
「邪悪、ねえ……まあ、君が私をどう解釈するかは自由かな」
【証明不能なる正体不明】はそう笑いながら……刀身にイナリが指を這わせ滑らせているのに気付く。
「あ、これはいけない。ズルいな君は」
イナリの指の動きに合わせ青い輝きを纏っていく狐月は荘厳な輝きを放って。
「まあ、いいか。どの道限界だ……またね、コガミイナリ!」
「失せよ、悪鬼外道――秘剣・鬼切」
崩壊を始めていた【証明不能なる正体不明】の身体を、イナリの鬼切が切り裂く。瞬間、【証明不能なる正体不明】の姿は光となって消え去っていく。そこには何も残らず、ただ無だけがあって。
―【証明不能なる正体不明】の干渉力を一時的に排除しました!―
―【証明不能なる正体不明】の【不完全なる依り代】を排除しました!―
―業績を達成しました! 【業績:干渉排除】―
―驚くべき業績が達成されました!―
―金の報酬箱を手に入れました!―
「さて、もう一仕事要るのう」
イナリは狐月を掲げ刀身に指を這わせ滑らせる。
イナリの指の動きに合わせ青白い輝きを纏っていく狐月は、何処か神秘的で温かい光を放つ。
「集い、癒せ――秘剣・蛍丸」
その暖かく青白い光は無数の蛍のように小さな輝きとなり、広がって周囲の人々に吸い込まれて……その傷をみるみるうちに癒していく。それは倒れている人たちだけではなく、ノアも同じだ。キョトンとしたようなその表情は、驚きと共にイナリへと向けられる。
「うーむ……とはいえ……証拠が消えてしまったのう。どうするべきか」





