お狐様、作戦開始する
月子にサラリとかわされたノアは、次はエリに目を向ける。現代社会に突然現れたメイド。温泉街にメイド。しかしまあ、イギリスにもそういうのはいるのでノアは動揺しない。
それに何よりも……日本の覚醒者でめぼしい人材のリストは、ノアは大体頭に叩き込んでいる。
(確か……使用人被服工房。ランカーは少ないが、粒揃いと聞く……そしてこの子は)
「使用人被服工房のシキシマさんですね? 大変興味深い活動をされていると伺っております」
「ありがとうございます! 仕事中はエリと名乗ってますので、どうぞそちらで呼んでください」
「では、エリさんと」
「自己紹介も済んだみたいじゃのう。では早速じゃが」
イナリがそう言えば、全員がその表情を引き締める。月子もエリも前回の事件のことは覚えている……決して相手を甘く見ることなどない。
「やるべきことは2つじゃ。1つはタケルの保護。もう1つは超人連盟の輩の確保じゃな」
「まあ、同時にやったほうがいいのは確かね。何があるか分からないし」
「けど、そうなりますと二手に分かれることになりますけど。どうするんですか?」
「うむ。それじゃがのう。ひとまず月子とエリ。そして儂とえばんずで組めばええじゃろ」
鑑定スキル持ちが月子とノアである以上は、まあそういう組み合わせになるだろう。エリのタンクとしての能力は確かであるし、月子には一発逆転のスキルもある。コンビを組むには最適な組み合わせだ。対してノアは鑑定スキルはあっても戦闘能力についてはよく分からないので、イナリが組むのが一番良い。
「ちなみにえばんずは戦闘では何が出来るんじゃ?」
「そちらはあまり期待しないでください。私は鑑定に特化した部分があるので」
「ふむ。ではまあ、この組み合わせで最適と思うが。どうかの?」
「いいんじゃないでしょうか」
「そうね」
「異論はありません」
「よし、では早速じゃが行くとしよう。草津の街をくまなく探すんじゃ!」
同意を得ると、イナリはそう号令をかける。タケルを探すのは大切ではあるが、何をしでかすか分からない超人連盟は一刻も早く見つけ出さなければいけない。またタケルの顔で何かをやらかすかもしれないし、もっと別の何かを狙っている可能性だってある。だからこそ、即座に出発しようとして……4人の居る場所に職員が走ってくる。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「なんじゃあ?」
「今、入り口前にマスコミが詰めかけていて……! とてもではないが出られません!」
「あー、ヘリで何か勘付かれたかしら」
「困ったのう」
まさか人々を押しのけていくわけにもいかないが、さてどうするかとイナリは考え……ふとイナリが覚醒者協会と関わることになった最初の日のことを思い出す。そういえば、あの日。イナリが感じた不快なモノの正体は……確か。
「うむ、思いついた」
「え!?」
「どうするの?」
「へりこぷたあじゃ。空中から遠隔で鑑定といこうではないか」
その言葉に月子とノアがハッとする。そう、イナリはあの日空を飛ぶヘリコプターから遠隔で「鑑定」を受けていた。見えていれば鑑定が出来るというのであれば……2人も当然できるはずだ。
「確かにその方が早いわね」
「そうですね。では早速」
月子とノアがサクサクとヘリに乗り込むと、イナリが、そして多少遅れてエリがヘリに乗り込み……そのままヘリは空へと舞い上がる。
「さて、と。じゃあこれ貸したげる」
「おっと」
月子の投げた双眼鏡をノアは受け取り、ギョッとする。魔石が嵌っている……つまりこれは人造アーティファクトだ。覗けばノアの意思に連動するように自動でフォーカスが調整されていく。
「ハハ、これは凄い。いつ発売されるんですか?」
「そのうちかしらね」
「楽しみです。では……仕事開始といきましょうか」
そうして月子とノアはスキルを発動させていく。月子の鑑定スキルの名は「真理の眼」。鑑定スキルとしては上級に位置するものであり、余程のものでなければその詳細を見抜くことが出来る。
そしてノアの鑑定スキルは「看破する紫の瞳」。同じく上級に位置する鑑定スキルであり、鑑定の強度を調整可能でもある。その強度を強めるほど瞳の色が紫色に輝いていくというリスクを背負う代わりだとでも言わんばかりに強力な鑑定能力を持っている。
そんな2人に鑑定を任せながら、イナリとエリも万が一に備えて注意深く周囲を見回して。
「そういえばエリ。忙しかったのではないかの?」
「必死で調整しました! その分帰ったら凄いことになってますけど!」
「うむ。今度何か礼をするからのう……」
「嬉しいです!」
嬉しい、というのであればそんなに忙しいのに来てくれたことこそがイナリにとっては物凄く嬉しいことではある。
「月子にも感謝しとるよ」
「そうね。たっぷり感謝なさい」
「そうしよう」
そんな会話を交わしながらも、ヘリは草津周辺を巡る。そうして、ヘリがバスターミナル周辺に辿り着いたとき。月子が「見つけた」と声をあげる。その先にいたのは……大学生くらいに見える、何処にでもいそうな何の特徴もない青年であった。





