お狐様、推理する2
タケルの周囲には、いつでも批判に繋がりそうな火種が山のようにあった。だから、それに火を放つのは然程難しくなかっただろう。しかし問題は「何故そうする必要があったのか」ということだ。
「……日本の協会は超人連盟の犯行を疑っておる」
「私もそう考えます。とはいえ、強めの鑑定スキルを誤魔化せたとなると知られざる手札を切ってきたということになりますが」
超人連盟のメンバーの使うスキル「邪悪なるチェンジリング」のことはある程度各国でも知られている。とはいえ、人間相手に無差別に強めの鑑定スキルを使うのは倫理的な問題があるため、その情報を有効活用できていないのが現状ではあるのだが……。
「とはいえ、向こうも疑われることは知っているはずです。しかも今回、指名手配されている姿で現れたのでしょう?」
「お主、日本の事情を随分と……」
「ハハハ。この業界、横のつながりは結構あるものですよ」
まあノアが優秀な証ではあるのだろう。さておき、それは確かにおかしな話である。変身できるくせに指名手配されている姿で訪れた。まるで自分を警戒しろと言っているかのようだ。しかし、それは何故なのか? わざわざ警戒させて、何の意味があるというのか?
「……おびき寄せるため、かのう」
「と、いいますと?」
「超人連盟とやらが厄介なのは周知の事実。それが関わっていると分かれば協会もそれなりの実力の人物を送り込む。そこに目的があるのではないか?」
「なるほど。それが貴女であると?」
「いや? 儂は元々温泉に来てタケルに会いに来ただけじゃからな。ま、結果として関わることになったが」
「……なるほど?」
まあ、そこは想像するしかないので結論は出ない。だから、ノアはそこはひとまず置いておくことにする。
「そして奴、あるいは奴等は行動を起こした。つまり罠にかかった相手はコガミさん、貴女でよかったわけですが。その貴女をどうしようというのか。たとえば、貴女がドマさんを犯人と断じ戦う展開を期待していた……とか?」
「それは有り得んと分かっているじゃろう? というか、それであればわざわざ『いる』と知らせる必要は」
ない、と言いかけて。イナリは気付く。超人連盟が、自分の存在を知らせる。その上で、タケルが犯人と思わせる事件を起こす。ならタケルも今回の事件が超人連盟が犯人だと気付いていないはずがない。草津出張所だってそうだ。気付いているはずだ……なのに「こう」なった。それは。それが意味することは。
「タケルを追い詰めるのが目的だった……? しかし、追い詰めてなんとする。それでタケルが仲間にならないのは分かるはずじゃが」
「しかしまあ、そんなところでしょう。ドマさんを追い詰めることで何かが起こるという確信があった。それがこの状況なのか、別の何かなのかまでは分かりませんが……この状況をどうにかするために、出来ることはたった2つ」
すなわちタケルを保護すること。そして超人連盟のメンバーを捕まえること。そうして全ての真実を明らかにすることでこの事態は収束する。
「私も鑑定スキルを持ってはいますが……出来ればあと1人欲しいところです」
「うむ、儂もこちらに寄越してくれと昨日頼んだばかりじゃが」
イナリがそう言ったとき、タイミングを測ったかのようにイナリの覚醒フォンが着信メロディを奏で始める。
「儂じゃよ」
『あ、安野です! もうすぐそちらに鑑定持ちが到着します! 幸いにも立候補がありまして、護衛と共に向かっています。草津がこの状況なので群馬第1ダンジョンに着陸予定ですが……』
「おお、確かに来るのう」
『え!? そこにいるんですか!?』
「うむ」
爆音をたてながら向かってくるヘリコプターを見上げながらイナリがそう答えれば、安野は「そうですか」と頷く。
「あ、こっちでえばんずも協力してくれるそうじゃ」
『は? えばんず? 誰ですかそれ』
「いぎりすの覚醒者協会の」
『ギャー!? ダメですからね狐神さん、そんな奴についていったら!』
「安心せえ。で、あのへりに乗っとるのは」
『あ、はい。狐神さんもご存じのお二人ですよ』
ヘリコプターが敷地内に着陸して……開いたドアから出てきたのは、確かにイナリのよく知る2人であった。
『『プロフェッサー』真野月子さんと、使用人被服工房の敷島エリさんです。お二人とも打診してみたら快くお引き受けくださいました』
「なるほどのう、エリが護衛というわけか。それなら頼りになるのう」
気心も知れているし、安定した力がある。月子に関しても同様だ。
『そのエバンズとかいう男と真野さんを接触させないようにしてくださいね!』
「うむうむ。それではの」
そう言って電話を切ると、イナリはウズウズした様子のノアに「月子に接触するなだそうじゃ」と告げる。
「……ご挨拶くらいはいいですよね?」
「うーむ」
「何、その男? 知り合い?」
「初めまして。私覚醒者協会イギリス本部のノア・エバンズと申します。プロフェッサーのご活躍については常々」
「あ、そう。私は真野月子よ。よろしく。それでイナリ。状況は聞いたわよ。また大変なことになってるわね」
「う、うむ」
あまりにもサラリと流した月子にイナリもちょっとノアが可哀想になってしまうが……まあ、スカウトに限らず営業というのは何時の時代もそういうものなのかもしれなかった。





