お狐様、草津空港に行く
そうしてイナリは新しい宿の地図を受け取ると、その足で草津空港へと向かう。厳戒態勢とはいうが、正直何処まで信用していいかを見極めるためだ。
「……だったんじゃがのう」
草津空港。それは「かつての時代」には存在しなかったものだが、現在では小型飛行機が着陸できる程度の滑走路や管制塔の存在する小規模の発着場じみたものとして存在している。ただし、海外からの客を受け入れる関係でそういった保安施設なども存在しており、その近くに覚醒者協会の職員らしき人物が数人立っているのが見えた。
(やる気があまり見えんのう……まあ、こういうのは時間がたてばたつほど注意散漫になるものじゃが)
手配書も貼ってあるし、よく見ればそこかしこに職員が立っているのが見える。なるほど、確かにかなり人数を割いている……確かに厳戒態勢といっても良い程度には物々しい。余程の自信がなければ此処には近づかないだろう。とはいえ、前回イナリが会った男のように自分の姿を変えるスキルを持っていればそれも意味はないだろうが。
「まあ、やれるだけはやっておる……か」
確か「鑑定」というスキルは人間も鑑定できるとイナリは知っている。正直、自分で受けるのは覗き見をされているようで気分は良くないが、あの中にそうしたことが出来る人物がいないとは言えない。むしろ、居ると考える方が自然だろう。何処のダンジョンにも鑑定役の職員はいるのだから。月子が鑑定スキルを使い、変身した超人連盟のメンバーの正体を暴いたことを思えば鑑定スキルは有効だ。
(……そう考えれば、あのやる気のなさは油断させるため、とも判断できる……かの?)
とにかく、ひとまずは問題なさそうだ。ロビーには飛行機を待つ人や、飛行機から降りてきてバスを待つ人々の姿もある。そのどれにも、妙な違和感は感じない。イナリはそのまま空港から出ようとするが……そこに背後から「お待ちを!」と声をかけられる。
「む?」
イナリが立ち止まり振り返れば、そこにはスーツケースを引きながら走ってくる男の姿があった。日本人ではない……外国人だが具体的に何処の国の人間かはイナリには判別できない。アッシュブラウンのその髪色や、日本人と異なるシュッとした顔立ちから理解しただけだ。
おおよそ30代から40代だろうか。スーツの似合うその姿は、まさに出来る男といった様子だ。髪をオールバックに纏め、グレーのスーツに合わせた濃いブルーのネクタイも実に似合っている。しかしながら、当然のようにイナリは男と知り合いではない。
「どちらさまじゃったかの?」
「ああ、これは失礼を。私、覚醒者協会イギリス本部のノア・エバンズと申します」
言いながらノアは丁寧に一礼する。実に洗練された動きであり、そうした所作が好感を得ることを知っていることがよく分かるものだった。
「丁寧な挨拶、痛み入る。儂は狐神イナリ。いぎりすのエバンズ殿が儂をご存じとは知らんかったが」
「ノアで結構です。親しい人はそう呼びます……貴女ともそう在りたいものです」
「そうかえ。で、ノア殿は何故儂に声を? 外国に行ったことはないんじゃが」
そう、イナリは日本から出たことなどない。ないが……それは海外で顔が売れていないという理由にはならない。
「行ったことがない国でも顔を知られるのが今の時代です。コガミさんのように有望であれば尚更です」
「儂などたいしたことはしとらんよ」
「謙遜、というやつですね。ですが私たちはそう判断してはおりません」
ちょっと調べれば他の国の有望株のことなどすぐ分かる。覚醒者専用ネットワークに一般ネットワークを基本として、今の時代は様々な情報の断片が簡単に手に入る。それを繋ぎ合わせていけば「狐神イナリ」という人物の非凡さなどすぐに把握できるのだ。
問題はそれが日本との関係を悪くしてまで接触すべき相手なのか……ということである。「ちょっと優秀」とか「かなり優秀」程度なら何処の国でもゴロゴロいるし「1万人に1人」程度の才能だって出てこないわけでもない。
ついでにいえば日本の「勇者」のような助けを求めれば飛んでくるような便利な人物も自国に引き込む意味はない。むしろ日本でいえば2位の「プロフェッサー」はどの国でも欲しがっているが、日本側も分かっているので相当厳重にガードしている。
「機会があれば是非お話したいと考えていたんです。よろしければ私に貴女の時間を僅かで良いので頂けませんでしょうか?」
現在、日本でのランキング37位……狐神イナリ。狐巫女なる恐らくは日本固有の特殊なジョブを持ち、分かっているだけでも近接、中距離戦闘能力を高いレベルで有し飛行も可能、更にはアイテムボックスに類されるスキルも所持している。物理系と魔法系の中間に位置する万能型のディーラー……ハッキリ言って、これだけでも凄まじい逸材である。
ノアだって、初めて聞いたときには日本側の情報操作か、ドラマのキャラか何かの話だと思っていた。しかしながら、こうして会ってみると鑑定を使わずともよく分かる。
(凄いな……私じゃ勝てない。日本は何処にこんな子を隠していたんだ……?)
ノアはイナリについて伝えられた情報が恐らく真実であろうということを……なんとなくではあるが、感じ取っていた。





