お狐様、覚醒フォンを手に入れる
「なんと……ほっくすとは狐のことじゃったか」
フォックスが上手く言えなかったイナリがそう呟く。
ライオン通信とフォックスフォン。互いにライバル同士であり、店を道を挟んだ向かい側に建てているくらいである。
多機能型を主力とするライオン通信と、シンプルで頑丈さを重視するフォックスフォン。イナリが選ぶのは……。
「まあ、狐耳が狐の店に入らんのもどうかと思うしのう。ほっくすに行くとしようかの」
そうしてスタスタと店の中に入っていけば元気な歓迎の挨拶が響く。
「いらっしゃいま、ええ!?」
「狐耳……? え、嘘。ウチの強烈なファン……?」
「すまんが自前なのじゃ」
「あ、失礼しました!」
特に店員が狐耳をつけているということもなく、シンプルな店内にはスマートフォンが幾つも並んでいる。
覚醒者対応型スマートフォンとして開発された機種には電池として魔石が採用されており、電波に頼らない通信が出来るようになっている。ライオン通信とフォックスフォンはその先駆けであり、大手でもあるわけだ。
しかし当然、そんなものを非覚醒者に持たせるわけにもいかない。色々と危険であるからだが……つまり当然、イナリにも資格を確認すべく店員が近づいていく。
「いらっしゃいませ! 此方覚醒者専用スマートフォンの専門店となっておりますが、覚醒者カードはお持ちでしょうか?」
「うむ。これじゃな?」
「はい、確認させていただきました。お客様は白カード……ということは初めてのご購入ということでよろしいでしょうか?」
「うむ。買うのを勧められてのう」
「1台あると便利ですよ。ダンジョン内での通信も可能になっておりますので、いざという時の危険度がグンと下がります。ランダムテレポートの罠に引っかかったパーティが覚醒フォンのおかげで再び集合できたという事例もあるほどです!」
「ほー」
そう、通称覚醒フォン。ダンジョン内部は異界なので「外」への通信は出来ないが、覚醒フォン同士でのトランシーバー的な使い方は可能なのだ。これは電波に頼らない通信形式だからこそ出来るものだと言えよう。
「では、その覚醒ほんが欲しいのじゃが……どれを買えばええんかのう」
「はい、当工房では可能な限りシンプルかつ頑丈にすることを目標としておりますので機能としてはどれもほぼ変わりありません。値段の差はデザインや素材の差となっております」
ビッグタートルの甲羅を本体に、機械をリビングメイルの破片を溶かした金属で、そして液晶を浮遊水晶で作ったもの。
本体は同じくビッグタートル、機械は安価な迷宮金属で作り、液晶をスライム混合板で作った、値段を抑えたもの。
「この2つなどはよく出る機種ですが、画面の耐久性を考えると浮遊水晶のほうが勝りますね」
「ふーむ。ならそれを頂こうかのう」
「あ、ありがとうございます。しかしよろしいのですか? 他の機種もございますが」
「むーん。それが自慢だから最初に薦めたんじゃろ? そしていざという時の備えならば耐久性の勝る方が良いに決まっとる」
それは確かにフォックスフォンの目指すところだ。正直もう1つのほうは機能が少ないのに値段が高いというユーザーのクレームに対応し作ったものだ。売れている。いるが……「値段相応」でしかない。それでも最初のユーザーなら大抵選ぶというのに。
しかも、このイナリの表情、目……嘘がない。心の底からそう言っているのが店員にはよく分かった。
(このお客様……間違いない。フォックスフォンの魂を分かってくださっている……!)
店員は奥から出てきている店長と頷きあい、店員に手信号で合図を出す。
合図はフォックス……特別扱いの指令だ。今の時代、そういうことも至極真面目にやっている。
「その通りでございます」
そして店員は、恭しくイナリに頭を下げる。分かっている客には優しい……そんな職人気質を持つフォックスフォンにとって、今のイナリは「本気で大事なお客様」というやつだった。
「では此方をお包み致します。それともすぐお使いになりますか?」
「すぐと言われてものう。説明書を読まねば使えんのじゃ」
「それでしたらサポートの範疇でございます。機能も簡単ですので、すぐにお使いいただけるようになりますよ」
「おお、それは助かるのう」
カウンターに案内されていくイナリだが、フォックスフォンでは普通はそんなサービスはしていない。イナリがVIPのような扱いになったからこそである。
お茶とお菓子を出され、丁寧に使い方を教えてもらって。お店を出る時にはイナリは覚醒フォンで電話をかけて覚醒者専用ポータルサイトにも接続できるスーパーイナリになっていた。
そして店を出るイナリに店員が数人並び「ありがとうございました!」と見送るオマケつきである。
近くを通った人は何事かとフォックスフォンを見て、次にイナリを見て。そしてまたフォックスフォンを見る。
「あの子、フォックスフォンか……」
「なんかそれしかないって感じだよな」
「……覗いてみる? そろそろ買い替えようかと思ってたし」
たまたま通りがかった覚醒者たちが実際にイナリの買った機種を購入していったりと、そんな福の神じみたことをやったイナリではあったが。
この後義理を果たそうと寄ったメイドな店でメイド服を着せられて記念写真を撮られたり飾られたりしたのは……まあ、別の話である。
イナリ「めいどこわい」





