お狐様、群馬第1ダンジョンに挑む
翌日。朝風呂も朝食も済ませたイナリたちは群馬第1ダンジョンの前に立っていた。イナリと紫苑が来ることは事前の申請で知っていたせいか、職員たちのニコニコ対応が凄まじい。
「狐神さん、鈴野さん! お気をつけて!」
「「「お気をつけて!」」」
「う、うむ。ありがとうのう」
「ありがと」
練習したのかそれともそういうのが基本なのか分からないが……そんな全力の声援を受けながらダンジョンゲートを潜ると、イナリは「ふう」と息を吐く。
「ああいうのはどうにも慣れんのう」
「ボクはちょっと慣れてる」
「うむ……まあ、慣れていかねばいかんのじゃろうが」
言いながらイナリたちは目の前の光景へと視線を向ける。
群馬第1ダンジョン。それは「火山地帯型」という分類の通り、ひび割れた大地に無数の活火山が存在しマグマの川が流れる、そんな場所であった。
空には噴煙が分厚い雲のように広がって空を覆い隠し、噴火している火山こそないようだが……茹ってしまいそうな熱気がダンジョン内に満ちている。
「うえ……暑い……」
「ふーむ。暑いとは聞いておったが、此処までとはのう」
「氷冷くん、全然効かない……」
言いながら紫苑は腕につけていたブレスレットのようなものに視線を向ける。群馬第1ダンジョンが暑いのは知っているので事前に用意しておいた身体を冷やすためだけの人造アーティファクトであり、タケルも同じものを使っているらしい……のだが。
「ふむ。儂の分も使うとええ」
「でもそれだとイナリが」
「儂、このくらいなら全然平気じゃからの」
「ええ……?」
実際、氷冷くんを外しても汗1つ流していないイナリは全く問題がなさそう……というか一切問題がない。気温の変化は感じても、汗腺の類はイナリには存在していないしそもそも環境の変化で好調不調が訪れるような仕組みが存在していない。
勿論汗を流すことは出来る。出来るが……人体機能ではなくエフェクトと呼んだ方が近いものだ。さておき、そんなわけでイナリには氷冷くんは必要なかったりする。着けていたのはいわゆる付き合いである。
「ほれ、どうじゃ?」
「うん。効いてきた」
「ならば良し。では進むとするかの」
「ん」
そうして歩き始めると、突然近くの火山が噴火し火山弾や噴石をまき散らしながら火砕流を周囲へと流し始める。
「うわっ」
「こいつはいきなりじゃのう」
紫苑を片手で抱えるとイナリはふわりと浮遊し、上空へ向けて空いた手を向ける。そこから展開された結界が火山弾も噴石も軽く弾き返すが……その中に、どうにもモンスターが何体か混ざっている。
「ヒヒヒヒヒヒヒ!」
「ヒーヒヒヒヒヒ!」
燃え盛る火の玉のような大人の頭程度の大きさのモンスターの名前は「フレアボール」。その燃え盛る身体を使った体当たりや火炎弾が厄介なモンスターで。
「槍」
『トライデントランサー!』
「発射」
『ハープーンストライク!』
紫苑の手の中に現れた三叉の槍の穂先がジャラララという鎖が伸びる音と共に発射され、今にも火炎弾を発射しようとしていたフレアボールを貫き元の槍に戻っていく。
「一気にどーん」
『トーピードーランチャー!』
虚空から発射された無数の魚雷のような何かがそのまま空中を泳ぎ紫苑の視界に居たフレアボールたちを大爆発と共に撃破していけば、もう残ったフレアボールはいない。
「お手柄じゃな、紫苑」
「ぶい」
手でピースを作り無表情でも分かるドヤ顔をする紫苑だが、実際かなりの大戦果である。伊達に日本で4位なわけではない……といったところだろうか。地上の火砕流はまだ続いているが、一定以上の範囲には流れていかない。自然の噴火というわけではなくダンジョンギミックだから……ということなのだろう。イナリも紫苑も見ただけでそれを理解する。
「ふむ。タケルに聞いていた通りじゃの」
「うん。避けると越える。それが出来れば問題ない」
実際にはそれが一番難しいのだろうが、イナリは飛べるので何も問題はない。通常であれば何らかの手段を用いてどうにかするのだというが、飛べるのだからそんな面倒なことをする必要もない。ないが……だからといって飛ぶだけでクリアできるようにはなっていない。先程の火山弾もそうだが……過去に此処でドローンを飛ばした際にドローンを撃墜するために凄まじい数の炎の蝶が現れたという記録が残されている。
「よっと」
「ずっと飛べればいいのにね。残念」
「ま、仕方なかろう。一定時間飛ぶものがあれば無数の敵が出てくるというのではの」
自分だけではなく紫苑もいる状況でもあるし、わざわざダンジョンの難易度を上げようとはイナリも思わない。まあ、そんなわけで再び歩き始めた2人だが……流れているマグマの川はどうにも気になってしまう。
「溶岩の川とは……なんとまあ、此処は地獄か黄泉の国か。まあ、見たことないんじゃけども」
「普通はそう」
「そうじゃのう」
「……それにしても。飛べるのは聞いてたけど実際体験するとびっくり」
「あまり得意ではないがのう」
それでも充分以上に凄いことだ。人間が飛ぶこと自体が今の新世代覚醒者や、黒の魔女のように後付けで飛行スキルを手に入れた者にのみ許されることなのだから。まあ、イナリもその辺は察してはいるが……だからといって飛ばない選択肢は有り得ないのである。能力を隠して友人を危険にさらすなど、イナリにとっては愚かしさの極みなのだから。





