お狐様、秋葉原に降り立つ
バスに揺られてイナリは秋葉原に到着する。モンスター災害で当時、電車による交通網が大幅に寸断され、現在ではバスが復権しているそうなのだが……イナリとしてはバスのほうが馴染みがある。
もっとも、そういった通常のバスに乗ったのはこれが生まれて初めてであり、覚醒者は資格証提示で無料というのは驚きであったのだが。
「おお、此処が秋葉原なのじゃな」
そうしてイナリが降り立ったのは、秋葉原である。
電気街として有名だった街はサブカルチャーの街へ、そこからモンスター災害を経て、今は覚醒者の街へと生まれ変わっていた。
そのきっかけは、サブカルチャーを楽しむ余裕がなくなりテナントが空っぽになっていく中で一軒の小さな覚醒者向け用品を作る工房が出来たことだった。
その工房で造られるオーダーメイド鎧の性能が口コミで知られるようになり、たくさんの覚醒者が秋葉原を訪れるようになると、様々な製作系の覚醒者が秋葉原に工房を開くようになる。
そうすると自然と大小様々な工房が秋葉原に移り始め、やがて空いていたテナントは埋まり破壊痕にも新しい工房が出来るようになる。
こうして生まれたのが今の秋葉原の街なのだ。
「……なるほどのう」
大型ビジョンの映像で流れている「秋葉原の歴史」を見て頷くイナリだが、続けて街並みを見て納得してしまう。
所狭しと並ぶ覚醒者向けの装備や薬、各種アイテム。
大きな工房に小さな工房、なんだか怪しげな店まで勢揃いだ。
車は指定されたもの以外は立ち入り禁止のようで、厳重な立ち入り禁止処置まで行われている。
今イナリがいる場所などは、丁度秋葉原覚醒者街の入り口であるというわけだ。
「今月は剣、剣の品揃えが豊富です! どんな敵もズバッと斬る切れ味、今ならお得ですー!」
「量産鎧が今なら即納可能! 選べる価格帯でいつでも安心!」
「いらっしゃいませー! 防具はかわいくカッコよく! どりーむめいるですー!」
そのせいか、呼び込みも凄い。恐らくは看板娘なのだろう少女が鎧を着込み看板を持って呼び込みをしている姿は、今の時代に適応した姿なのだろう。もしかつての秋葉原を知る者が此処に居れば「あんまり変わらねえな……」などと言うかもしれない。
そんな秋葉原をイナリは歩き、店の看板を見ていく。
金谷製剣工房、チャクラムの穴、田中防具店、メロンアックス、風楼武具工房……大きさも種類も色々だ。
しかしまあ、イナリは武器も防具も必要ないのでそこらへんは関係ない。だからテクテクと歩いていくのだが……恐るべきことに、この結構見た目重視な恰好が溢れる中でもなお、イナリは目立っていた。
秋葉原が覚醒者の街と化したことでアイドルじみた容姿やかわいい、あるいはカッコいい容姿の覚醒者も少なくないにも拘わらず、だ。
イナリが歩けば周囲が振り返り、狐耳や尻尾が動けば息を呑む音が聞こえる。
突然秋葉原に降臨した狐巫女はまさに視線を独り占めであった。
「何あの美少女……え、あれどうなってるの?」
「巫女……狐巫女? なんだろう、何か燃え上がるものを感じる……」
「フワフワしてる……触りたい……」
とはいえイナリが楽しそうに歩いているのを邪魔できる者も中々いない。
遠巻きに見ているばかりだが……当然、そんな視線はイナリもビシバシと感じていた。
(うーむ。此処でも凄い注目されとるのう……まあ、ええか)
見られるだけならば特に害はない。ない、のだが。それよりもイナリには大問題がある。
それは「スマートフォンは何処に売っているのか」である。
さっきから武器やら防具やら薬やらばかりなのだが……店が見つからないのだ。
「うーむむ……どうしたものか」
イナリは迷った挙句、近くにいた呼び込みの人に声をかけてみる。
「あのー……申し訳ないのじゃが、ちょっと聞いてもええかのう?」
「きゃっ! え、あ。何ですか? お嬢様!」
「お、お嬢様あ!?」
「はい! 私たち『使用人被服工房』では執事やメイドの服をイメージした防具やアクセサリーをご提案しているんです!」
「めいど」
「メイドです!」
なるほど確かに執事やメイドを描いた可愛らしい看板と、お店に並ぶサンプルの執事服やメイド服。
高度な戦闘に耐えうるモンスター素材を使っているのがなんとも趣味的な工房である。
「よかったら是非ご試着を! 絶対似合うと思うんです!」
「あ、うむ。それはまた考えるとして……すまほを探しとるのじゃが。何処にあるのかのう」
「スマホですか? それならもう少し進むとライオン通信とフォックスフォンの2つがありますよ」
「なんとまあ」
なら聞かずとも、もう少し頑張れば着いていたということなのだろう。それはなんとも恥ずかしく思えてきて、イナリは「そうじゃったかー……」と照れた様子を見せる。
しかしそんな様子にメイドはキュンときたようで、イナリに「あのっ!」と声をかける。
「この縁を大切にしたいので是非是非是非! 後でご来店いただけませんでしょうか!?」
「へ? う、うむ。まあ恩もあるしのう。縁と言われれば無下にも出来んが」
「やった! 約束ですよ! てんちょー! 間違えた執事長ー!」
店の中へ走っていくメイドを見送りつつ、イナリは「変な約束をしてしまったかのう……」と呟くがまあ……取って食われはせんじゃろ、と気楽に構えて再び歩いていく。
イナリ「めいどじゃったか……あの恰好で戦うのかのう?」





