お狐様、草津温泉に行く
3日後。イナリと紫苑は草津に到着していた。かつての時代から存在し、モンスター災害後も修繕や改修をすることで当時の面影を強く残しているバスターミナルは敷地内に足湯も存在する「草津温泉」を強く思わせる場所であった。
「ほお、手洗い用の温泉もあるのか……凄いのう」
「うん、凄い」
流石の湯量といったところだろうか。試しに手を洗ってみると、強く温泉を感じる湯であり、イナリは思わずフフッと微笑んでしまう。
「さて、今日の宿に行くとするかのう」
「ん」
バスターミナルから出れば、そこはもう草津の温泉地だ。何処に行っても温泉を感じる場所だが……坂を降りていくと恐らく草津で一番有名な「湯畑」に辿り着く。
湯樋と呼ばれる7本の木製の水路のようなものは、そうやって自然に温度を下げて「湯畑源泉」の湯を周囲の旅館に供給する役割を負ってもいるが、同時に湯の花を採取するための役割もあるという。実際に見てみれば、湯樋にたくさんの白い湯の花がついているのが見える。
「文字通りに畑というわけか……素晴らしいものじゃのう」
「うん」
「しかし……あの緑色のはコケなのかのう」
そう、草津の湯畑の岩には緑色のコケのようなもの……というか、実のところ藻であるらしい。草津温泉の強い酸性の湯に適応したこれらの藻は、美しい緑色で来る者の目を楽しませてくれている。多少の金属程度ならば数日で溶かすという草津の湯と仲良く出来ている珍しいものであるらしいのだが……まあ、そういう類のものである。
「……らしいよ」
「ほう、紫苑は博識じゃのう」
「調べた」
「うむうむ。儂も見習うべきじゃなあ」
湯畑を中心に幾つかの源泉が存在し、それに寄り添うように無数の旅館やホテルが存在する草津だが、イナリと紫苑が泊まるのは湯畑の見えるホテルであった。和洋室と呼ばれるタイプの部屋に荷物を置くと、窓から見える湯畑を2人は並んで見る。夜には湯畑がライトアップされるというのだから、それも中々に壮観だろう。
「はー……凄いのう。儂やっぱり草津に住もうかのう」
「草津には海がないからボク、仕事に行くの大変」
「お主も引っ越す前提なのかえ……?」
「友だちと離れると寂しい」
「おお、おお。そう言われると良心が咎めるのう」
そんなことを言いながらイナリたちは今後の予定を確認していく。そう、ただ遊びに来たわけではない。今回は幾つかの目的をもって来ているのだから。
「まず群馬第1ダンジョンは……此処」
草津の観光地図を広げながら西の河原と書かれている地域を指差す。西の河原と書いてさいのかわらと読むが、草津温泉の西の方にあるから……であるらしい。その割には鬼だの何だのという名前がついたものが存在するのは、実は本当に賽の河原と重ねているからであるらしい。
とにかくこの辺りは西の河原源泉と呼ばれる温泉が噴出する地であり、これまた草津の湯らしい素晴らしい温泉である。それを考えると同じ草津に地蔵源泉が存在するのは、なんとも不思議な縁を感じるが……ひとまずさておいて。
「この西の河原温泉の途中に……ある」
かつては何かの建物があったらしいが、そこに何があったかは今の記録には残っていない。ひょっとすると、すでに役割を終えた建物か何かがあったのかもしれないが……そこに群馬第1ダンジョンは存在している。
ちなみにそこから然程離れていない場所に大規模露天風呂があったりするのだが、勇気があるのか「要塞」を信じているのかは不明だ。そう、「要塞」の自宅もこの近くに存在している。
日本のトップランカー3位、『要塞』土間タケル。彼が草津からほぼ動かないのも、草津の安全性を保証し地価を上げる原因となっている。
「要塞……土間にも会いに行く。ダンジョンも行って、後は温泉を楽しむ」
「うむうむ、良い感じじゃのう。ついでにその露天風呂というのも行ってみるかえ?」
「良い提案。行こう」
うっきうきの2人だが、旅館を出て歩き始めると……なんとも良い風情の通りに出る。西の河原に向かう途中の道程には旅館や様々な飲食店が並んでいて、温泉饅頭を扱う店もその中には存在している。
「おお、温泉饅頭じゃのう。熱海で食うたが、あれは中々に良かった」
「後で買っていこう」
「そうじゃのう」
時間は丁度お昼時。紫苑のお腹もくうと鳴って、イナリは「蕎麦でも食うとするかの」と微笑む。
「……ん」
「考えてみれば昼食がまだであった。こいつは儂の手落ちじゃの」
「別にイナリは悪くない」
実際イナリはお腹が空くとかは無くて気分でご飯を食べているので腹時計のような感覚は持ち合わせていない。だからこそしっかりと配慮するようにしているのだが……草津温泉ということで、ちょっとテンションが上がっているのも原因だろうか。ならば何処に入るかといったところだが……そこで丁度見つけたのは、蕎麦屋であった。
「此処でええかの?」
「お蕎麦は好き」
「では……おーい、2人は今は入れるかえ?」
「いらっしゃいませー! どうぞお好きな席に!」
古き良き蕎麦屋、といった風情の店内は平日のせいか、それともまだ開店したての時刻のせいか客の姿はあまりなくて店員の視線は感じるもののイナリの狐耳をどうこう言う者もいない。
そうしてイナリがメニューに見つけたもの。それは……舞茸の天ぷらであった。
お狐様の書籍化、コミカライズが決定しました。
詳細な情報に関しましては、また後日のお知らせをお待ちくださいませ!





