お狐様、友人を誘う
そうして食事を終えて片付けると、紫苑は机の上に鞄から取り出した地図を広げる。それは何処でも手に入る日本地図だが、港や空港、国道などの位置が記された交通網をある程度網羅したものである。
勿論全部が記載されているわけではないが、ある程度以上の規模があるものは記されている。
「この前の超人連盟の件。ボクも話を聞いてから色々調べてみた」
「うむ。協会もまだどのルートから来たか分からんと言っておったが」
「普通に考えるなら、たぶん空路」
「ほう。それは海の危険性からかの?」
海は今、人類の管理下にはない。ダンジョンから溢れ出すモンスターによるモンスター災害真っ最中の海は全世界において危険な場所であり……まあ、それでも観光フェリーや豪華客船は営業しているが、ある程度陸上からもフォローの利く場所を航行するものだ。海路で違う国に行くということは、それ自体が大冒険になってしまう。
「うん。今は空路が主流。勿論監視はされてるけど、変身能力があったのなら鳥にも変身できた……かもしれないし、別の誰かに変身してきたのかもしれない。協会はここしばらくの乗客リストを照合中だと思う」
超人連盟の男は他者に変身できる力を持っていた……と、そこまでは紫苑にも公開されているらしい。まあ、正確には相手を殺して入れ替わる「邪悪なるチェンジリング」というスキルであったようだが、まあ変身能力であることには変わりない。
「海のルートもないことはない、けど。確実性のないルートを通る必要がない」
「そうじゃな。人材は無限ではない。大事な構成員は確実に送り込みたいはず……」
つまり、高い確率で空路を選んでいる。ならば海外からの便が発着し、尚且つ警戒の緩い空港を選んだ可能性は高い。
「さて、そうなると東京の成田空港に羽田空港は候補から外しても良かろう」
「大阪も。そういった大規模な空港を外していって……」
紫苑の指が地図の上をススッと動き、一点を指差す。
「たとえば、草津空港」
「草津?」
「草津」
「草津に……空港があったのかえ?」
「正確には出来た。といっても小さな発着場。海外から観光のセレブを受け入れる用の小規模発着場。当然、色々と『配慮』して緩い。国際関係とかそういう非覚醒者社会の領域」
覚醒者側からしてみればあまりよろしくないのだが、それでも非覚醒者側のそうした事情を受け入れても良いと思える理由もあった。それは草津からほぼ動かない1人の覚醒者のことである。
「……トップランカーの3位。『要塞』がいるから何か起こっても対処できるという目論見もあった。そして実際、今のところは何も起こってない」
草津空港が稼働したのは3年ほど前だが、それから草津で発生した大規模な事件は一件もない。ないが……草津では大人しく身を隠し東京まで移動してきた可能性も、当然ながらあるだろう。
「他にも小規模発着場は幾つもあるけど、監視が緩いのは此処くらいしかない」
「ふむ。しかしそういう事情であれば覚醒者協会もそのうち気付くじゃろうなあ」
「かもしれない。もしかしたら草津空港は閉鎖になる、かも」
「だとすればルートを1つ潰せることになるか。ひとまずそれに関しては安心か」
「だね」
新しい人員がすぐに送り込まれてくる……ということはないだろう。背後にいるだろう神の如きものについてもしばらくは影響力を行使できなくなっているし、これを機に我が身を振り返り改心でもしてくれれば平和ではあるのだが。そう上手くはいかないだろう。
そんなことを思いながらイナリは「草津か……」と呟く。
草津。草津温泉。群馬県吾妻郡草津町に位置し、一言でいえば山奥の温泉郷だ。
近くには伊香保温泉や四万温泉などの温泉もあり、まさに温泉の東の王といった風格を醸し出している。恋の病以外は全て治ると豪語するのも伊達ではない。
「行きたいのう、草津」
「じゃあ行く?」
「ふむ……」
「草津には群馬第1ダンジョンもあるし。覚醒者としては見る価値がある、かもしれない」
群馬第1ダンジョン。確かに行ってみたかった場所ではあるが……と、そこまで考えて「よし」とイナリは頷く。別に行かない理由はない。ならば行ってみようと思い立ったのだ。
「では行くとするかのう」
「うん。ボクも同行する。いつ行くの?」
「いやまあ、いいんじゃが。紫苑は仕事は大丈夫なのかえ?」
「大丈夫」
「うむ、それならええんじゃが」
絶対行く、と顔に書いてある紫苑に頷きながら他の面々も誘ってみるべきか、と考える。赤井は……社長業で忙しいだろうからいいとして、エリやヒカル、月子辺りは誘ってみるべきかもしれない。
「では、他の者も何人か誘ってみるとしようかの」
「うん、それがいい。たくさんは楽しい」
「その通りじゃのう。どれ……」
3人にメールを送ったところ、まず即座にかかってきたのはエリからの電話だった。
『あ、もしもしイナリさんですか!?』
「おお、エリ。こんなすぐかけてこなくてもええのじゃよ?」
『いえ、イナリさんには即お返事と決めてますから!』
「はは、さよか。嬉しいのう」
『はい! それで……えっとですね。実はしばらくスケジュールぎっちりで、行けそうになくて……埋め合わせは必ずしますので!』
「気にせんでええよ。仕事、頑張るのじゃぞ!」
なるほど、どうやらエリは行けないらしい。そして今の電話の間に月子からは「忙しくて無理。でもまた誘って」と短い返事がきていた。そして続けて、ヒカルからも「ちょっと行けない。何があるか分からないし気をつけろよ」と返事がきていた。
「儂は良い友人を持ったのう……」
そんなことをしみじみと言うイナリに紫苑が「そうだね」と頷いていた。





