お狐様、プールに行く
そう、今の時代マリンレジャーは特に危険なレジャーの1つに数えられている。かつての時代からクラゲにサメ、津波に離岸流など「海の危険」は非常に多かった。むしろ海が確実安全であった時代などないと言ってもいいくらいであり、だからこそ最大限の配慮がされた上で誰もがマリンレジャーを楽しんだのだ。
しかし今の危険はサメどころかマーマンを代表とした水棲モンスターたちである。網を張ったくらいでは何の意味もない水棲モンスターたちの危険に立ち向かおうという猛者は漁師くらいしかおらず、しかし水遊びという文化そのものは誰もが残すことを望んだ。それも「海のような」ものであれば尚更良い。
というわけで、そんな需要に合致する形で全天候型の屋内プールレジャーは一大産業として根付き、波のあるプールを始めとする相当本格的で大きな施設が全国に作られるようになった。今の世代にとって「泳ぐ」といえばこういった大型レジャープールであり、多少お高いものではあるがメジャーな遊びになっているのだ。
「ま、そんなわけでこの星野アクアランドもまた、そういう施設の1つってわけだな」
「ほー。確かに大きいのう」
杉並区荻窪に作られた星野アクアランドはモンスター災害後に荒れ果てた荻窪を創業者の星野氏が「地元に光を取り戻そう」と計画し作ったものであるが……これが大当たり。今や荻窪はかつて以上の賑わいを取り戻している。そんな星野アクアランド、最近の大規模改修を経て綺麗になった関係で特別チケットを一部の関係者や取引先に渡し……それがヒカルの手元に来たというわけだ。
波の出るプールに流れるプール、ウォータースライダー……各種のプールをしっかりと揃えた星野アクアランドは未だ全国の人気レジャー施設にランクインする大御所だ。
「さ、行こうぜ」
「うむうむ、そうじゃの」
ジャケットにジーパンと動きやすい服装のヒカルに、色違いで似たような恰好のイナリが頷く。例によって巫女服を変化させたものだが、ちょっと仲良しペアルックのような感じになっている。さておいて、今日は平日のせいか混雑しているというわけでもなく、更には特別チケットで入場もスムーズだ。なお、今日はアツアゲはお留守番である。
「ほお……立派なもんじゃ」
「アタシも初めて来るけど、すげえよなあ」
内部は南国でもイメージしているのか明るく、あちこちに飾られた観葉植物も綺麗に管理されている。売店に置いてある浮き輪や水着も装飾のようにマッチしていて、椅子に座ってカラフルなジュースを飲んでいる人の姿も見受けられた。そして……売店の水着を見てヒカルはちょっと心配そうにイナリへ視線を向ける。
「……そういや水着は大丈夫って言ってたけど」
「うむ。いつものじゃな」
イナリは言いながら服をトンと軽く叩く。イナリの巫女服は望んだように変形させることが出来るので、水着に変化させるのだって簡単だ。水着を忘れましたなんてことにはならないのだ。しかし勿論、ヒカルが信頼しているのはそんなことではない。
「デザイン。大丈夫かなって」
「ふふん、任せよ。儂とてそういうものの知識はある」
「ほんとかなあ……」
微妙にその辺のセンス信用ならねえんだよな、と呟くヒカルだったが……これが意外や意外、イナリが纏ったのは、ちゃんとした水着であった。スポーティに黒を基調に小さくライオンのワンポイントが入った水着のヒカルとは真逆に、イナリの水着は可愛らしいタイプだ。
ビブトップにボードショーツを合わせたタイプの水着は巫女服を思わせる赤に白を使ったデザインとなっており、実に「イナリらしさ」が際立っている。髪の毛も綺麗に短く纏めている……が、この辺りは以前エリに髪で遊ばれたときの経験が活きている。
「おお……すげえじゃん。誰がそのデザイン選んだんだ?」
「儂だとは微塵も思わんのじゃなあ……」
「え、イナリなの?」
「そうじゃよ?」
「意外……」
「何故じゃ……」
イナリとて現代社会に放り込まれてからそれなりにたっているのだ。多少の知識のアップデートは出来ている。まあ、出来てない部分も多いのでヒカルにそう言われてしまうのだがさておいて。というかこのデザインも結構古いデザインであり……流行は巡るといったところだろうか?
「よし。そんじゃあ遊ぶか!」
「うむ! しかしまあ、その前に準備運動じゃな」
「おっと、だな」
そうしてしっかりと準備運動をして駆けだしていく先は勿論、波の出るプールであった……!
どういう仕組みか本物の海のように波が出るプールは、水こそ塩素の香りも漂うものではあるが、見ていると南国のような雰囲気作りもあってテンションの上がるようなものだった。
「イエー!」
「これこれ、慌てて転ばんようにの」
プールに突貫していくヒカルをニコニコと見守りながら、イナリもプールに入っていく。ざばあっと2人を流そうとする波にわざと逆らわずに流されたりしながら、ヒカルはレンタル用の浮き輪を抱えてイナリの尻尾をじっと見る。
「そういやその尻尾……抜け毛とかないけどどういう理屈なんだ?」
「さあ……儂も知らん……」
狐耳と尻尾のイナリではあるが、狐尻尾に見えても普通の狐尻尾ではないのだ。そういう抜け毛とかはない、ということなのだろう。前に子どもが引っ張っても抜けなかったし。ともかく、こういうプールレジャーでも全く問題はない。そういうことなのだ。





