お狐様、大事なものを確かめる
そこから更に数日後。イナリと恵瑠は武本武士団の本部へとやってきていた。おおよその処理が完了したということで、恵瑠が武本武士団に戻っても良いということになったのだ。
武本もそれを歓迎し、武本と恵瑠は久々……というほど長くもないのだが、それなりの期間を経ての再会であった。武本自身、今回の経緯は全て聞いていたため、事情は全て把握していた。その結果、どうなったかというと。
「狐神殿。今回の件、深く感謝する。儂には出来んことを全てやっていただいたこの恩、忘れはせぬ」
武本の、本当に美しい土下座であった。謝るのではなく、最大限の誠意を示すために武本は土下座をしていた。それ以上に誠意を示す態度が思いつかないというかのような、それほどに美しい土下座にイナリは度肝を抜かれてしまう。
「や、やめんか。お主、恵瑠の前じゃぞ」
「恵瑠の前だからこそじゃ。儂は恵瑠の義理の父として、儂に出来る最高の感謝を示さねばならぬ。それすら出来んのであれば人として失格じゃ」
「十分伝わったから顔をあげよ。それ以上は儂が困る」
「承った」
ピシリと姿勢を戻す武本にイナリは安堵の息を吐くが、まあ本当に感謝の気持ちは伝わった。土下座は本当に見ていてそわそわするのでもう遠慮してほしいのだが。
「本当に感謝している。質問権についても聞いている……代わりになるものがあるとも思えんが、儂に出来ることがあれば何でもしよう」
「では、1つだけ」
「うむ! 何だ!? 何でも言ってくれ!」
「恵瑠を大切にしておくれ。本当の父の如く、甘やかしすぎなくらいでな」
言われて、武本はポカンとした表情になった後……本当に楽しそうに笑い出す。
「ハ、ハハハ……フワッハッハッハ! 勿論だ! 約束しよう……儂からどんどん距離をつめていこう! うむ、考えてみれば儂は人間関係というものを恐れすぎていたようだ!」
そう言うと、武本は恵瑠へと向き直る。
「恵瑠よ! 今後は儂のことをお父様と呼んでくれて構わんのだぞ!」
「はい、お父様」
「うむ!」
ニコニコする武本を見て、イナリも微笑む。恵瑠も武本も、互いに距離を詰め切れない部分があった。武本は1度失敗してしまったというのもあるのだろうし、恵瑠は罪悪感があった。しかし恵瑠のトラウマは一応解決され、武本もイナリに背を押されることで踏み出した。ならば後は……2人でどうにかするべき問題だろう。
「しかし、これでは更に借りが増えただけじゃな。なあ、本当に何かないのか?」
「そう言われてものう」
イナリは悩むような表情になるが、じっと見ている恵瑠に気付きフッと笑う。
「では、今後ふらりと約束無しで遊びに来たりしても構わんかの?」
「はっはっは! 構わんとも! というか、それも本当は此方からお願いすべきことではあるな! ああ困った! また借りが増えてしもうた! はっはっは!」
上機嫌の武本にイナリも「そうかえ」と頷くが、笑っていた武本は自分の膝をパシンと叩く。
「狐神殿。今後何かがあればいつでも相談してほしい。武本武士団は他の何を敵に回してでも助力すると誓おう」
「……うむ。その気持ち、確かに受け取った」
「よし、決まりじゃな! ところで2人共……昼は食べたかな?」
「食べとらんが」
「はい、そうですね」
なんとなくこの後何が起こるかに気付きながらイナリと恵瑠が頷くと、武本は両手を叩き誰かを呼ぶ。
「よし、決まりだ! では今回の件の解決と友誼を祝して、宴会といこうではないか!」
パタパタと走ってくる音が聞こえ、豪勢な料理が運ばれてくる。尾頭付きの鯛に各種の刺身を含む美味しそうな料理の数々は、イナリの好みをきちんと分かっているのだろう……おひつに入れた炊き立てのご飯と共に運ばれてくる。
「儂の思う最高の白飯を用意した……是非賞味していってくれ」
「ほう、最高とな。それは楽しみじゃのう」
「くくく……和食を追求し辿り着いた儂なりの答え。誰も分かってくれんが狐神殿ならば分かろう」
米にこだわりがある者同士のニヤリとした笑みに恵瑠が分からなくてちょっと困ったような表情になるが、盛られていく米を前に瞳に情熱の炎を燃やしていく。イナリの好みをもっと知っていくための、その参考にしようと思ったのだ、。
……ちなみにだが『超人連盟』や『神の如きもの』については一般人にはやはり伏せられている。公表しても何1つ良いことがないどころか、連中の暗躍を手助けすることになってしまうからだ。
特に超人連盟については、どんなルートから侵入したのか全く特定できていない。超人連盟の持つネットワークは世界中に広がっていて、何処かの誰かがほんの僅かな手助けをしていくだけで大きな動きに変わるような仕組みが出来ているとすら言われる。今回も恐らくはそういうことであろうと思われた。
そして神の如きもの。その脅威を目の当たりにした月子は今回のデータを元に研究を進めるつもりだが、音声データも映像データも記録したはずなのに全て原因不明の破損をしていたという。ならばそれに対応できるものを作るのだと月子は情熱を燃やしているらしい。
そうして、また1つ世界の謎に迫るための鍵を手に入れた。あるいは質問権をそういったものに使えばあるいはハッキリと分かったのかもしれないが……イナリは1ミリも後悔はしていない。
何故なら、今目の前にあるこの何よりも尊い光景を、作り出すことが出来たのだから。
それはイナリにとって、他の何よりも大事なことであったのだ。
これにて第5章、完!
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