お狐様、質問する
その後、どうなったのか。結果から言うと越後商会は解散することになった。越後次郎と越後良一の死、それに伴う諸々の疑惑。そして何よりも超人連盟に深く浸食されていた事実、更には神の如きものの関与。これはもはや、越後商会の存続がどうのこうのという話ではない。
サンライトとレッドドラゴンのメンバーの秘密裏の手配も含め、解散と処罰が急ピッチで進んでいた。そして越後商会の業務に関しては取引先などの精査の上、様々な覚醒企業に譲渡されることになった。現金資産などについてはまたよく分からない親類の類が覚醒者、非覚醒者含む有象無象がわいて出たが、これは覚醒者協会が排除し「とある人物」に渡されることになった。
「……こんなお金、どうすればいいのか分かりません」
「好きにすればいいんじゃよ。儂も好きにしとる」
「はあ……」
イナリの家で恵瑠は、ゆったりお茶を飲んでいるイナリを見ながら「使ってない人に言われても……」という言葉を呑み込む。イナリの場合はお金を使う使わないではなく、頓着していないのだ。
ここ数日、イナリと生活を共にしているが……イナリは食材にこだわる様子が全く見受けられない。「美味しそうじゃのう」という感覚で手を伸ばすので、値段もあんまり見ていない。それはある意味で富豪の生活だろう。
そして恵瑠が得た金額も、そういう生活を一生続けられる程度ではあった。
(けれど、こんなお金なんて……)
通帳をきゅっと抱きしめながら、恵瑠は思う。こんなお金。人生で困らない程度のお金を巡って、親族皆がこれ以上ないほどにギスギスした。今も恵瑠になんとか繋ぎをつけようと覚醒者協会に押しかけたり、驚くべきことに武本武士団に押し掛ける者もいるらしい。恵瑠の境遇を調べて寄付だなんだと怪しげな連中もウロチョロしていると聞く。
すでに武本武士団の寮に侵入者も出たとかで、かなり苦労しているようだが……その辺りもあともう少しすれば、一通り対処が終わるだろう。
しかし、そんなものはどうでもいい。神の如きもの。証明不能なる正体不明。そんなものが恵瑠の両親を殺した。そしてその狙いは恵瑠を何らかの形で玩具にすることだった。
恐らくは武本のおかげでそういう運命からは救われたのだろう。しかしそうなることで、別の手段で恵瑠をもてあそぶ手段を思いついたのだろう。言ってみれば、全ては……両親が死んだのも、その全ては。
「恵瑠や」
「は、はい!?」
突然イナリに声をかけられて、恵瑠はビクリとする。イナリにも今回は大きな迷惑をかけてしまったが、そのことも謝れていない。恵瑠は、そのことを考えて。
「実はな、儂はしすてむに質問権、というものを貰ったのじゃよ」
「質問権……え、それ。とんでもないですよね?」
「そうじゃろうのう。しすてむが儂の質問に答える……恐らくは世界の秘密にも迫れる、そんな素晴らしいものじゃろう」
恵瑠は絶句する。それはこの世界で絶対的な有利にたてるものですらあるだろう。
たとえば「世界最強のジョブになる具体的手段を教えてほしい」と聞けば、システムにその答えを教えて貰えるかもしれない。その通りになれば世界最強のジョブ……それがどういうものかは分からないが……そんなものになれるだろう。
金が欲しいのであれば、その手段を聞けるし武器や防具、アイテムだってそうだ。あるいはもっと、もっと。イナリの言うように世界の秘密にだって、それを知るシステムに質問できるのであれば……これ以上はない権利だとすら言える。
「一体、それをどのような質問に使われるのですか?」
「うむ、それは一端さておいての?」
「へ? は、はあ」
「恵瑠、此度のことは別にお主の責任ではない。それは儂が宣言しておこう」
当然のように見抜かれている。そのことに、恵瑠は怒られている最中の子どものように俯いてしまう。本当に、本当にイナリには迷惑をかけてしまっている。それに、両親も……自分がいたから。だから、恵瑠は思わずそれを口に出してしまう。
「私の責任なんです。私があんなのに目をつけられたから両親は死んで、親戚も皆がおかしなことになって……」
「いや、それは違うのう。そもそも越後商会の件は別物じゃし」
「え?」
「まあ、そんなことはどうでもいいんじゃ。恵瑠、両親の件もお主のせいではない」
「ですが、私が覚醒していなかったら。いいえ、生まれていなかったら」
「そんなことをお主の両親は思っとらんよ」
恵瑠は小さく「はい、そうですよね」と頷く。表面上はそうしているが、納得していないのは明らかだ。まあ、仕方のないことだろう。元々恵瑠には自分だけ生き残ったという負い目があった。恐らくはその辺りでも色々あったのだろう……恵瑠の抱えた闇であり、人格を形成する核の1つとなったそれは、簡単にどうにか出来るものではない。他者の言葉で表面上は納得しても、魂が納得していないのだから。だから……今後も事あるごとに恵瑠を苦しめていくのだろう。それを、イナリは放っておくつもりは一切ない。だから、質問権とやらをもらったときに、もう使い方は決めていた。
「しすてむよ、質問権を行使しよう」
―答えられないこともあります。その上で質問を入力してください―
「恵瑠の両親の望みを。彼等は、恵瑠にどうなってほしいと望んでおった? 恵瑠に分かる形で示してほしい」
「狐神さま! それは……そんなことに!」
―回答します。小鳥屋恵瑠の両親は「幸せになってほしい」と望んでいました―
―自分たちの死が重荷にならないように。願わくば全て忘れて幸せになってほしいと。傷を癒してくれる誰かに出会ってほしいと望んでいました―
―これが世界記憶に記された一切の裏も間違いも、解釈の誤りもない真実の回答であることをシステムは保証します―
気付けば、恵瑠の瞳からは涙が流れていた。両親は、心の底から……最後のそのときまで、自分の幸せを望んでくれていた。
―システムは、高潔な質問権の使用法に敬意を示します―
―質問権を1回消費完了しました―
「私、は……両親の望まぬ姿を、ずっと晒していたのですね」
「ほれ、そう責めるでない。そんなものはお主の両親も望んでおらぬ。そうじゃろ?」
「はい……はい! 狐神さま! 私は、私は……!」
「良いのじゃよ。泣きたいときは我慢せずに泣いてええ」
恵瑠を抱きしめトントン、と背中をあやすように叩くイナリを抱きしめ返し、恵瑠は小さな子どものように泣きじゃくる。それは恵瑠が自分を縛る鎖から抜け出した、その証明でもあったのだろう。
Tips:世界記憶とは?
世界記憶、あるいはアカシックレコード。世界誕生からの全てが記録されているとかいう凄いやつ。
本作ではそのくらいのふわっとした認識でお楽しみくださいませ。





