メイド、現着する
テントウムシ鎧とでも言うべきモンスターが、どさりと倒れ魔石をドロップする。これで何度目の戦闘だろうか。ぜえぜえと荒い息を吐きながら、恵瑠は薙刀を支えに立っていた。
証明不能なる正体不明。それがこの事態を招いた存在であるということは間違いなさそうだが、超人連盟の裏にそんな力を持つ者がいたというのだろうか?
全員がバラバラにされ、発信機は何かに妨害されたかのように動かない。だからこそ、1度外に出るべきかと思ったのだが……この既存のモンスターが変化したと思われる不可思議なモンスターが何度も襲ってくるのだ。
「ふう……」
近くの木に背中を預け、恵瑠は一休みする。流石にその場に座り込むほど気を抜くつもりはない。この状況が仕組まれたものであることは明白で、だからこそ危機はすぐそこにあると理解できるからだ。
「とにかく、安全な場所に行きませんと……」
「おお、此処に居たのか!」
「!」
そこに響いたのは、聞き覚えのある声……越後良一の姿がそこにあった。周囲には越後商会の面々もいて、先程の状況を考慮にいれればそれがどうしようもなく「怪しい」のは明らかだ。しかしそんなことはどうでもいいとでも言うかのように良一は笑顔を浮かべ近づこうと歩いてくる。
「止まってください」
その良一に恵瑠が薙刀の先を向ければ、良一は心外だとでも言いたげな表情になる。
「どうしたんだ? この不可思議な状況で、お前を探していたというのに」
「何が不可思議な状況ですか。そちらはほぼ全員揃っているというのに」
「それは万が一はぐれたときの集合場所をきちんと決めていたからだよ。それでもまあ、ほら。全員ではないだろう?」
確かに数人足りない。足りないが、それは他に人員を回したというだけでしかないように恵瑠には思えた。確実に恵瑠を殺すための、そんな罠。やはり狙いはイナリではなく恵瑠だった……ということなのだろうか?
「さあ、行こうじゃないか。まずは皆で集まって、話はそれからだ」
「止まってください、と言いました」
薙刀の切っ先を強い意思をもってして向ける恵瑠に、良一は聞き分けのない子を見るような、そんな困ったような視線を向け肩をすくめる。
「何をそんなに警戒しているんだ? 私たちは親戚だろう?」
「今まで関わりもなかったのに、何が親戚ですか。前回の対応が本性でしょう?」
「そう言わないでくれ。私も次郎の奴が死んで、心境の変化もあったんだ。やはりこういうのは良くない、とね。だから今度こそ間違えたくはないんだ……なあ、私にやり直す機会をくれないか?」
あくまで改心した……といった態度を崩さない良一に、恵瑠は微笑んで。
「確かに。今までの私であればその言葉に『もしかしたら』と希望を抱いたと思います」
「ん?」
「けれど、私は狐神さまに出会いました。無償の愛とは、本当の優しさとは何か知っているからこそ……」
恵瑠の薙刀を握る手に力がこもる。確かな意志をもって恵瑠は良一を見据える。
「貴方のそれが上っ面だと分かります。もう1度言います。近づかないでください。表面上でもやり直したいのだと思ってくださっているのであれば、尚更」
「ふう……そうか。分かったよ」
良一はそう言うと、片手を何かの合図をするようにサッとあげる。
「なら、抵抗の果てに死ぬといい」
遠距離ディーラーの面々が武器を構え、魔法を放つ。それは恵瑠を殺し切るだけの威力で一斉に向かって。
「フォースシールド!」
その場に飛び込んできたエリが盾を構え、そこから光の壁が展開しその全てを防ぎきる。人間一人を完全に殺しきるだけの威力の魔法を真正面から防ぎエリは「ふぬううう……」と声をあげながらも見事耐えきって。
「お待たせしました恵瑠さん!」
「お前は……」
「誰かと聞かれれば答えましょう!」
良一がそれ以上何かを言うより先に、朗々としたエリの声が響く。あくまで防御は出来るように気を抜かないまま、しかしメイドとしてのまさに大見得。
「いつでも誰かの笑顔のために全力ご奉仕、家事もバトルも全部お任せ! 新時代のメイドを定義する使用人被服工房所属……エリ! ただいま参上です!」
「……そういえばさっきもいたな。色物だと思って重要視していなかったが」
「和風メイドがお好みでしたか」
「うるさいなお前は」
即座に混ぜっ返すエリに苦々しい顔をしながらも良一は指を鳴らして。走ってくる前衛ディーラーたちに、エリは盾と剣をしっかりと構えて。
「カウンターセイバー!」
「ぐわあああああ!?」
エリの周りに現れた何本もの剣が回転しながら彼等を弾き飛ばし切り裂いていく。
「知っているぞ。マジックフォートレス……相当なレアジョブだ。こんな極東の小国に……!」
「貴方だって日本人でしょうに」
「……そんな小さな視点で生きてはいないものでね」
「そうですか。どうであるにせよ、私を突破できるとは思わないことです!」
「どうかな?」
その良一の言葉に合わせたかのように「ヴヴヴヴ……」という声が聞こえてきた。





