お狐様、東京第9ダンジョンに挑む
「あ、来ました! 覚醒者協会の車です! あの中に『もう1人の後継者候補』が乗っているのでしょうか!?」
「すみません、一言お願いします!」
「今回の和解に到るまでの経緯などについてお伺いできれば!」
「はい、どいてどいてー! 危ないですよ!」
東京第9ダンジョンの周囲はフェンスなどでしっかり隔離されているが、その出入り制限を行う門の前にはマスコミが殺到してしまっている。この状況が越後商会によって煽られたせいであるのは明らかだが、覚醒者協会の職員によって無慈悲にどかされている間に車はフェンスの奥へと入っていく。
「はー、やれやれです。同じ覚醒者の、それも10大ギルドの一角が報道を推奨してるから協会なんて怖くないってことですかね」
「マスコミにも覚醒者がいるんだもの。概ね正しく此方の事情を理解できてるのも当然ね」
安野と月子の言う通り、パパラッチだけではなくニュースキャスターやアナウンサーなど、普通の企業……今回で言えばマスコミに所属する覚醒者も多く居る。そうした彼等は当然覚醒者周りの事情を知っているし、覚醒者専用ネットワークにも接続可能だ。そういうところから回っている情報も、当然ながら存在するというわけだ。
ともかく、そんな彼らも中までは追ってこれない。車から降りれば、そこには越後良一と……他にも数人の男女が居た。戦闘要員は総勢で20人ほどだろうか、荷物運び、いわゆるポーターらしき人員も5人ほどいるのを加えれば、かなりの大所帯だ。
「やあ、こんにちは。先日は失礼したね……私が越後良一だ」
「狐神イナリじゃ。前回とは別人じゃのう?」
「此方も反省したんだ。あまりにも大人げなかったとね」
「ほー……さよか」
「改めて此処からやり直そうじゃないか。越後商会についても、互いに納得できる話し合いが出来ると思っている」
そう言って微笑むと、良一はイナリの背後へと視線を向け、その瞳を細める。
「まさか『プロフェッサー』を連れてくるとはね。思わぬ大物だ、君の人脈かね?」
「さて、どうじゃろうのう」
「ふふふ、敵に回したくないな」
良一は恵瑠に視線を向け、「君もこちらに来なさい。世間的には私たち2人が代表者なのだから」と声をかける。それは確かにその通りではある。あるが……恵瑠は振り返ったイナリが頷くのを見てその隣に歩いていく。
「小鳥屋恵瑠です。初めてご挨拶させていただきますね」
「そう意地悪を言わないでくれ。前回は次郎に対抗心もあったんだ……これからは仲よくしようじゃないか」
「そう、ですね」
口ではそう答えながらも、恵瑠の手は拒否反応を示すように薙刀を持つ手をギュッと握りしめる。イナリと比べると、目の前の良一が薄汚い大人の象徴のように見えてしまうのもあるのだろう。そんな恵瑠を隠すように……身長差で隠れていないが……イナリが前に出ると「さて」と声をあげる。
「大規模討伐と聞いたが、具体的にどのようにするのかえ? 各自のメンバーで自由に動くということでよいかの?」
「ああ、それでいいとも」
「ほう?」
それはイナリからすると意外な答えだった。てっきり一緒に行動して隙を狙うつもりなのかと思ったが……離れるのを良しとするということは怪しさを加速させているようなものだ。それでもいい、ということなのだろうか?
まあ、どのみち中に入れば分かるだろうとイナリは「ではそうしよう」と頷く。
「まあ、仲良しアピールは必要なのでね……入るまでは一緒に行こうじゃないか」
なるほど、フェンスにくっついて望遠レンズを向けている者もいる……わざわざ不仲をアピールする必要はないと言いたいのだろうが、別にそれは構わない話ではある。むしろ「一緒に入る」のは許容できる部分であると事前に打ち合わせてもいた。
「うむ。では入るまでは一緒に」
「そうしよう」
頷きあうと、良一とイナリと先頭に、そしてそのすぐ側に恵瑠とエリといった順番でダンジョン内部へのゲートを潜り……瞬間、何かザザザ……とノイズのような音がイナリの耳に聞こえた。
「!?」
瞬間、イナリは恵瑠の手を掴もうとして。その視界を塞ぐようにノイズ混じりのウインドウがイナリの視界を塞ぐ。
―【証明不能なる正体不明】がダンジョンゲートに干渉しました!―
―ランダムテレポート実行―
「恵瑠……!」
「狐神さま……!」
掴んだはずの手は、しかし転送の光に包まれ引き離されて。イナリが辿り着いたのは、日差しの降り注ぐ森の中だった。
東京第9ダンジョンは森林型ダンジョン。虫型モンスターが出る場所だが、その事前情報通りの場所であるように見える。見えるが、イナリが転送された場所は事前情報とは違っている。そして……。
「ヴヴヴヴヴヴヴ!」
「こんなもんすたあが出てくるとも聞いておらんのう……!」
そこに居たのは、カブトムシ……いや、違う。カブトムシの鎧を纏ったかのような人型モンスターだ。ズシンズシンと歩くその姿は、如何にも力強そうだ。
「さて……こうなると月子を呼んだのは正解じゃったな……!」





