お狐様、ミーティングする
それから更に数日後。予想通りに越後商会は大規模攻略の件をメディアを使い宣伝し始めた。後継者争いで荒れていた越後商会が1つに纏まるのは悪いことではない。恵瑠の名前が一切出ない中で人々の間では「正体の秘匿されたもう1人の後継者候補」についての話題が当然のように出始めていた。
いったい何処の誰なのか。今まで出てこなかったのは、そして名前も顔も出てこないのは何故なのか。まことしやかに陰謀論の類も囁かれ、真実も虚実もごっちゃになった混沌と化していた。その中には探偵の如く恵瑠にかなり近いところまで届いた論説もあったが……混沌の中では1つの説として埋もれただけだった。
「ま、そんなわけで今日はマスコミもたくさん来るでしょうね」
「覚悟は出来ています」
覚醒者協会日本本部前にはすでにマスコミが大勢来ているため、イナリの家で集まったのだが……月子の言葉に恵瑠はそう答える。今日の恵瑠は戦闘服ということなのだろう、巫女服を纏い、壁には薙刀が立てかけられていた。
「ま、それならいいわ。で? これで全員揃ったわけだけど……お互いのことと、陣形について改めて確認していくわよ」
「うむ」
「はい」
「分かりました」
まずはエリ。物理と魔法の両方に対応できる『マジックフォートレス』であり、主にメインタンクとして対応する。
そして恵瑠。ユニークジョブ『月の巫女』である恵瑠は使えるスキルが相当に特殊である上に今回何が何でも守らなければならない最重要人物であるため、中衛。役割は特に定めず、安全を最重要視する。
次に、月子。『プロフェッサー』である月子もこれまた特殊であり、どの位置に居てもそれなりにこなせるが基本的には一歩も二歩も劣る。加えて今回は頭脳労働を期待されているため、これまた中衛。
最後にイナリ。『狐巫女』もまたユニークジョブだが、何をやっても大丈夫なのでタンク兼アタッカー兼ヒーラー兼その他諸々の役割をこなすことになっている。
「あの、狐神様だけ役割が異常に多いような……」
「いいのよ。何でもこなせるんだから何でもやらせとけば。下手に役割を決めない方が動けるでしょうし」
「うむ、そうじゃのう」
そう、イナリには何か特定の役割を与えないほうがいいと月子は考えている。以前同行した戦いで見た限り、イナリは本当に何でもできる。たぶん今回の大規模攻略も、イナリ1人を放り込んだとしてもかなり高い確率で生還してくる。しかし、少しばかり気になることもある。
覚醒者協会に現在収容されている暗殺者……チンピラクラン「レッドドラゴン」の面々は、「魔法のガラス玉」を大事そうに持っていて、それを聞かれると明らかに愕然とした表情になったという。
(切り札……そう、何か切り札を持っていると信じ込んでいた。そしてそれは『狐神イナリ』をどうにか出来ると確信できるほどの何かであったはず)
もしそんなものがあるのならば、イナリ1人に任せるのは危険だ。恵瑠が参加する以上、イナリに何かあれば恵瑠が無防備になってしまうのだから。今回の勝利条件が恵瑠の生還である以上、イナリが自分とエリを呼んだのは正解であると、月子はそう考えていた。
「超人連盟が絡んでいると仮定して、その目的は恐らくイナリだ……っていうのは聞いてるわよね」
「うむ」
「仲間に引き入れるのはもう諦めてるはず。確実に殺しに来るわよ」
そう、暗殺未遂事件は「それ」を見極めるための捨て石であったと月子は考えていた。イナリがどんな人物であるか、仲間に引き入れることのできる可能性はあるか否か。襲撃の様子を観察していた者がいれば、充分すぎるほどに判断できたはずだ。だから、月子はそう警告して。イナリはそれに微笑みながら答える。
「だとすると、話が早くて助かるのう。そ奴を仕置きして捕まえれば、此度の件は終いじゃ」
「そうね。でも警戒しなさいよ。貴方をどうにか出来る目算があるんでしょうから」
「うむ、充分に警戒しよう」
イナリとて自分が完全無敵の存在であるなどとは微塵も考えてはいない。システムなどはイナリの不完全を示す分かりやすい存在であり、「神の如きもの」のことを考えても、自分の対応できない未知はあるとイナリは常に考えている。
「今回、私たち以外は全て敵よ。越後商会にマトモな戦闘要員がいるはずないんだから、間違いなく『サンライト』の連中でしょうね」
そう、襲撃に参加したクラン『レッドドラゴン』のマスターは行方不明であり、マスター補佐を名乗っていた男の行方も同様に不明であり、覚醒者協会が追っている最中だ。残ったメンバーは無関係を主張し、驚くほど速やかに『レッドドラゴン』は解散した。
あらかじめ決められていたかのようなその流れは覚醒者協会が疑いを更に強める結果になったが、もう1つのチンピラクラン『サンライト』はまだ無傷なのだ。となれば、戦闘要員はそこから出してくるだろう。
「知ってるでしょうけど、連中は人間相手でも躊躇いはないわよ」
今のうちに覚悟を決めておきなさい、と。月子はエリと恵瑠を見ながら伝えていた。ちなみにイナリについては……何も問題はないと、月子はそう信頼していた。
「では、そろそろ行きましょう。下で車が待ってます」
今まで黙っていた安野のその言葉に全員が頷く。此処から先は敵地。それをしっかりと再確認しながら、イナリたちは車に乗りダンジョンへと向かっていった。
イナリ「みーちんぐ」





