お狐様、電話する
そこから数日はまさに激動だった。越後次郎の死は幅広く報道され、越後良一が越後商会の次期クランマスターの可能性濃厚……といったような内容でありながらも恵瑠の名前は一切出ない。それは「候補者」の存在は認めながらも恵瑠の名前の報道を許さない覚醒者協会の圧力であった。
勿論、覚醒者のパパラッチがその辺をなんとかすっぱ抜こうとはしていたが、本気の覚醒者協会に押さえられて連行されている、そんな稀に見る強硬姿勢であった。
求めているのは証拠だ。超人連盟が確かに関わっているという証拠さえあればどうにか出来る。暗殺襲撃犯は「魔法のガラス玉」という子どもの玩具のようなアイテムを大事そうに隠し持っていたが……それは何の証拠にもならない。
もっと決定的な証拠さえあれば国内のパワーバランスを考慮することなく、強力な覚醒者を投入し力尽くで叩き潰せる。しかしそれが出来ないのが現状であり、隙をうかがう状態であった……のだが。
「……なんじゃと?」
「はい、ですから。越後良一氏より『仲良くしたい』と申し入れがありました」
その日、やってきた安野の言葉にイナリは「うーむ」と唸る。ここにきて、和解の申し入れ。イナリでなくとも裏を疑うし、実際安野も厳しい表情をしていた。どうにもそれで終わりではないのだろう。同席していた恵瑠も、物凄く疑わしげな表情であった。
「それで? 続きがあるんじゃろ?」
「はい。越後商会が請け負っている東京第9ダンジョンの大規模討伐に参加しないか……と」
「分かりやすく罠じゃの?」
「罠、ですよね……」
「はい。協会でも同じ考えです」
ダンジョン内で死んでも、クリアしてしまえばダンジョンはリセットされ死者は適切な運搬などをしていなければリセットに巻き込まれて消失してしまう。それを利用したダンジョン内での殺人事件などがドラマでトリックとして使われるくらいには有名な手法だが……実際どうであるかは、少なくとも外部から一般人を連れてきてどうこうするといった真似は、覚醒者協会の管理している固定ダンジョンでは不可能だ。
しかしながら、同じ覚醒者を謀殺する分には何があっても証拠を掴むのは不可能になる。大規模討伐などは、まさにそうした絶好の舞台であるだろう。
「しかし分からん、分からんのう。何故このような分かりやすい行動に出る? 罠と看破される前提ということかのう?」
「恐らくですが、こちらを挑発しているんだと思います」
「来るなら来い、と?」
「はい。超人連盟側が協会の探る動きを察していたとして、大舞台を用意した……という可能性はあります」
そもそも大規模討伐というのは安全の指標であり、地方にもよるが東京周辺の大規模討伐はメジャーなニュースでそれなりの時間をとる程度には関心のある出来事だ。それも東京のダンジョンでありしかも今話題の越後商会が担当する……となれば、その注目度は鰻登りだ。
「まだ確実な証拠を掴めていない以上、越後商会はこれをお家騒動を終える第一歩のような感じでマスコミに流し騒ぐでしょう。勿論乗る必要はありませんが……」
「ふむ。しかし行けば超人連盟に辿り着く可能性が高い、か」
「その通りです。状況が状況であるだけに本部直属の人員は出せませんが、登録している人であれば交渉は出来ます。もし行くのであれば本部が報酬含め交渉します」
まあ、越後商会の出してくる面々がどのような者かは分からないが、ほぼ確実に敵。となれば念のためにイナリ以外のある程度信用できる面々を揃えるのが正しい対応だろう。
「そうなるとまあ……1人目はエリじゃな」
使用人被服工房のエリ。彼女はタンクであり物理にも魔法にも対応できる稀有な人材だ。そして信用も出来るし事情も話している……呼ばない理由はない。
「もう1人は……そうじゃのう。うーむ。月子はどうかのう?」
「えっ、『プロフェッサー』ですか!?」
「以前の縁もあるし、頭も良い。儂に気付かぬことを気付いて貰えれば助かるしのう」
日本のトップランカー2位、『プロフェッサー』真野月子。研究者であり発明者ではあるが、戦闘力は過剰すぎるほどにあるとされている。確かに呼べれば心強いが……超人連盟との戦いに引っ張り出して何かあれば、あまりにも大きな損失になる人材ではある。安野の一存でどうこう言っていい相手ではない。
「ど、どうでしょう。交渉はその、するように伝えてみますが……」
「ああ、うむうむ。儂が直接やろう」
「へ?」
イナリはそう言うと覚醒フォンをたどたどしい手つきで扱いながら何処かに電話をかける。その登録名を覗いた安野はギョッとする。
『はい。何? 珍しいじゃない、そっちからかけてくるなんて』
「しばらく忙しいからかけてくるなと言われてたからのう」
『それでも電話してみるのが付き合いってもんでしょうよ』
「うむ、留意しよう。で、要件なんじゃがな」
(ええ……? すっごい仲良し……?)
電話口から聞こえてくる声に安野は戦慄する。あの気難しいプロフェッサー相手にどんな付き合い方をすればそんなツンデレじみた対応になるのか。分からない。安野には全く分からないが、とにかくイナリは月子と楽しそうに話をしていた。
『超人連盟? ああ、いるらしいってのは聞いてたけど』
「どうにもそれと戦うために罠に突っ込むことになりそうでのう」
『仕方ないわね。行くわ、恩に着なさい』
「うむうむ、有難いのじゃ」
『詳細は決まったら伝えなさい、それじゃ』
電話を切ると、イナリは「来てくれるそうじゃ」と言って。
「あの……今度協会が彼女にお願い事があるときに」
「ダメじゃ。嫌がるからのう」
安野のお願いを、イナリは笑顔でバッサリ切り捨てていた。





