お狐様、電話を受ける
「はあ、そんなことがあったんですね」
「うむ」
襲撃事件から4日。遊びに来たエリに今回のことを話すと、エリは何やら感じ入ったような表情になっていた。
「お茶です」
「ありがとうございます。あ、私は敷島エリです。よろしくお願いしますね!」
「小鳥屋恵瑠です。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
きっちりとした礼をする恵瑠に、エリは「おお……」と宝石の原石を見つけたような顔になる。今の所作も含めて、フリーであれば使用人被服工房に誘っていたレベルだからだ。しかしまあ武本武士団の所属であることは知っているので、そんなことは言わないけども。
「エリと恵瑠で名前が似てて、なんかちょっと親近感ありますね」
「そう、かもしれませんね」
「これこれ、恵瑠を困らせるでない」
エリのそんな小粋なジョークも恵瑠にはよく分からなかったようで、困った顔をしていたせいでイナリにたしなめられてしまったが、エリは先程から思っていた疑問をふと口にする。
「そういえば、その襲撃事件ですけども。恵瑠さんを狙っていたんですよね?」
「状況を考えればのう」
「そして覚醒者協会が連れて行った……」
「うむ」
「だとして遅くないですか? 何かしらの進展の連絡があってもいいと思うんですけど」
そう、今日で4日目だ。確かにそろそろ連絡があってもよい頃だが……イナリはお茶を飲み考える。連絡を忘れている……という可能性はない。少なくとも安野がそれをするとは考えられない。
では、まだ何も分かっていないという可能性はどうだろうか? これは有り得る。勿論、その他の可能性も充分在り得るところだが、確定は出来ない。
向こうから連絡があるまで待つつもりではあったが、そろそろ連絡した方がいいのかもしれない。そう考えてイナリが覚醒フォンを取り出すと、狙ったかのように電話が鳴り始める。相手は……安野だ。
『もしもし、狐神さんですか!?』
「うむ、儂じゃよ。ちょうど連絡しようと思うとったところじゃが」
『実は、その……問題が発生しました』
「問題、のう。それは儂に解決できるものかえ?」
『難しい、と思います』
安野の続けた言葉は、イナリをも僅かに驚愕させるものだった。それは。
『越後次郎が……死にました』
「……なんと」
『遺書が残っています。今回の暗殺を企み、それが失敗したのが理由だと』
「念のため聞くが、それは」
『分かりません。狐神さんもご存じの通り、覚醒者のこの手の話は隠されると一生表には出て来ません。死体はもう適切に処理して葬った、と越後商会側は主張しています。ですがあまりにも動きが迅速すぎて……あちらを探ろうとしましたが、何も探れませんでした』
「捕まえた者は?」
『越後次郎に指示された、とだけ。そこが一致する以上、私たちもそれ以上は……』
それ以上を望むのであれば、越後商会の態度を見るに越後商会と覚醒者協会の戦争になる。勿論覚醒者協会は越後商会如きに負けはしないが、その事実自体が他国に付け入られる隙になるし超人連盟が暗躍する隙になってしまう。
「手詰まり、というわけかの?」
『いえ。相手がこういう手段に出たことで、ある程度相手の手の予測が出来ました』
そう、覚醒者協会とてただ翻弄されているわけではない。特に超人連盟が関わっている可能性がある以上は、他の業務を多少後回しにしてでも対応しなければならない。何しろ現代において一番厄介な組織だ……暗躍を許せば国がグチャグチャにされる。
だからこそ、これまで分かっている超人連盟の活動などと照らし合わせたりもしながら、その行動の予測に動いたのだ。その結果、もっとも大きい可能性は……。
『目的は貴方です、狐神さん』
「ぬ?」
『正確には今回の事態を起こすことで切ってくる手札を確認したかったのでしょう。10大クランと呼ばれるうちの1つのお家騒動。そこに投入する覚醒者は、当然それなり以上の人物です』
余程信頼されているか、10大クランの中でもリーダー格か。そういう存在を確認することが超人連盟の1つの目的だったのだろうと覚醒者協会では推測した。そしてそこにイナリが安野を連れて突貫した……これ以上ないくらいに超人連盟は確信しただろう。日本の覚醒者協会が信頼しているのは『勇者』ではなくイナリだと。
「ううむ。儂のやったことが裏目に出たということかの?」
『いいえ。どのみち何処かのタイミングで狐神さんは釣り出されていたと思います。そういう相手です』
問題は、イナリを釣りだすことでどうしようというのか……ということだ。これで撤退するのか、それとも更なる何かを企んでいるのか。そこまではまだ分からない、が。どのみち、ロクなことは企んでいないだろうと覚醒者協会では考えている。
『もしかしたら近日中に何らかの形で連中から接触があるかもしれません。ですが』
「誘いにはのらんよ。そこは安心してええ」
『はい』
「儂は人の子のことは好きじゃし全部肯定してやりたいが、選民思想はあまり好きではないからのう」
だから、イナリが超人連盟の何らかの誘いに乗ることはない。それだけは確実だった。





