お狐様、諭す
夜の間に覚醒者協会によって現場の掃除などは終わり、眠らされてしまっていた警備の会社からはイナリに謝罪があった。しかしまあ、表向きには「何事もない」夜として処理されていた。
そう、いつものことだ。解決した以上は、無駄に不安にさせる意味は何処にもない。
朝食後のお茶のタイミングでイナリは恵瑠に襲撃があったことを告げた。勿論、まだ指示した犯人は分からないとも伝えてはいるが……このタイミングで襲撃をかけてくるのが誰の手先かなど、そう思わせるミスリードだというのでもなければ明らかだ。だからだろうか、恵瑠は明らかにしょぼんと落ち込んでいた。
「やはり私がいたから……」
「そう言うとは思うたがの。そういう可能性も込みで引き受けておるんじゃ。何も気にすることはない」
「そうかもしれませんが……まさかいきなり暗殺のような手段に出るとは」
「ふむ、まあ。それは……のう」
確かにそれは性急に過ぎるとイナリも思う。もっと幾つか穏当に思える手段もあったはずだが……そうしなかったのは確実な結果を求めたからだろうか? まあ確かに車がぶつかってきた程度では車のほうが破壊されるしイナリは無傷だし、イナリが側にいる以上は恵瑠もイナリがしっかり守っている。誘拐の類も同様だ……イナリの隙をついてどうにか、というのは不可能だ。
そうなると、確かに寝ている隙に暗殺が確実だろうが……そういうのは、似たようなことに手慣れていないと昨日の襲撃者のような感じにはならないだろう。実際、襲撃の手段もイナリ以外であれば通じたかもしれない。
「ま、その辺はどうでもええじゃろ」
「えっ」
しかしイナリは、その辺を一端考えた上でどうでもいいとポイ捨てする。何故なら襲撃者はもうやっつけて引き渡したからだ。あとは覚醒者協会が「超人連盟」とやらの証拠を探ったり、暗殺者を放った奴の背後関係を探ったりするだろう。そうなれば状況は自然と動いていく。そこまでは、イナリがすべきことは存在しない。そして何よりも。
「お主は何1つとして悪くない。悪いのは暗殺者を送り込んだ奴じゃからの」
「それはそうかもですが、そもそもこの話をもっていかなければ」
「なーにを言っとるんじゃ。そういうのは込みで受けたと言ったじゃろう」
「けれど」
「ええか? 儂はお主を巡る事情と越後商会を巡る事情を聞き、超人連盟とやらの話も聞いた。ある程度の予測も聞き、その上で話を受けとる。ならば何が起こったとて受けた儂の責任よ。お主に背負わせる分など残っとらんぞ?」
そう、イナリはたとえばこの家が爆破されたとて犯人と黒幕以外に責任を問う気はない。それが面倒ごとを引き受けるということであり、引き受けた者が負うべき責任だからだ。まあ当然、騙すように何かしらの情報を隠していれば話は別ではあるのだが。
「故に恵瑠。お主が責任をどうこうと言う必要は一切ない。ええか?」
「……はい」
「ほんとかのぉ? 納得しとらん顔をしとるが?」
「えっと、それは」
「やれやれ。真面目な子じゃのう……それ自体は素晴らしいことなんじゃが」
そう言ってイナリは立ち上がり恵瑠の隣に座ると、その手をぎゅっと握る。冷たく冷えた手だ……自責の念に脅えているのだろう。元々こういうものを覚悟はしていても、実際起こってしまうと耐えられないのだろう。だからこそイナリは、その手を握って暖めながらゆっくりと諭していく。
「よぉくお聞き。相手が我慢できずに手を出して、儂はそれを引き渡した。ならば、これはもうすぐ終わる話なんじゃよ」
「終わらなかったら?」
「終わらせる。なぁんも問題ない。自慢ではないが、力尽くの話であれば負け知らずじゃからの」
「……はい」
恵瑠の手が、少しずつ体温を取り戻していく。イナリの微笑みに、恵瑠もふにゃりと笑みを返して。そうして、イナリは恵瑠によく届くようにゆっくりと、そしてしっかりと伝える。
「儂に任せるとええ。しっかり全部解決してくれよう」
「はい、お任せします。狐神さん」
恵瑠からもぎゅっと手を握り返してきて、それを確認してイナリは立ち上がる。
「よし! ではこれで全て良し! 今日の食材の買い出しも行かねばのう!」
「はい、そうですね。私もしっかりお手伝いいたします」
「うむうむ。では何を作るか、から決めようかのう」
「そうですね……お魚はいかがでしょう?」
「それもええのう」
もうすっかり調子を取り戻した恵瑠を見ながら、イナリはこれで安心だと思う。やはり隠さずに全部話すのが正解だったのだと、そんなことを思うが……まあ、実際そうであっただろう。
あとは今回の問題を解決するだけ……なのだが。それから3日たっても、覚醒者協会からの連絡はなかったのである。





