お狐様、悩む
「さて、と。残るは後始末じゃのう」
襲撃者たちを倒したイナリは、周囲を見回す。先程ぶん投げた、意識が残っていたらしい者たちは逃げてしまっているが……まあ、首魁らしき男は踏んづけて捕まえているので問題ない。
そして先程の霧はまだ残っているし、勝手に消えるものでもなさそうだ。放っておいてもいいかもしれないが、あまりこういうものを放置するのもよろしくない。だからこそ、イナリは狐月を刀形態で呼び出すと刀身に指を這わせ滑らせる。
イナリの指の動きに合わせ緑の輝きを纏っていく狐月は冷たい輝きを放って。
「蝕む邪を祓え……秘剣・大典太」
リィン、と。鈴のような音を響かせながらイナリを中心に緑の波紋が広がっていく。それは霧を打ち消していき、ついでとばかりに「眠りの箱」そのものを破壊する。
「これでよし。あとはもうだいぶ遅い時間じゃが……ま、仕方なかろう」
イナリが覚醒フォンを取り出し安野の番号をコールすると、大分眠そうな声が電話から聞こえてくる。
『ふぁい、安野でふ……こがみひゃん、どうされました?』
「おお、こんな遅くにすまんのう。ちーとばかし問題が起きての」
『え、問題ですか? 詳しく聞かせてください』
途端にシャキッとする安野に「流石だな」と思いながらもイナリは端的に「襲撃者じゃ」と話す。
『え……だ、大丈夫だったんですか!?』
「うむ、平気じゃよ。しかし襲ってきた連中をどうしたもんかと思うてのう」
警察に連絡するのは意味がない。彼等の中には覚醒者もいるが、基本的には対一般人だ。覚醒者協会も調停役ではあるが、別に警察機構たらんとしているわけではない。あくまで、表向きには。
『分かりました。すぐにこちらの部隊を向かわせますので、任せて頂ければ』
「うむ、お願いするのじゃ」
その電話から少しの時間もたたないうちに、覚醒者協会の印をつけた車が複数台やってきてバタバタと覚醒者たちが降りてくる。
「お待たせしました。警備部即応課の白木です。それで襲撃者は……」
「こいつじゃ……む? おっと」
「げふっ!?」
「うわ!? ど、どうしました?」
踏んでいた男を突然凄い勢いで踏みつけ直したイナリに協会の職員が聞けば、イナリは「うむ」と頷く。
「寝たふりして逃げる好機を伺ってたようじゃからのう。再度踏んでおいた」
「そ、そうでしたか。で、残りは……」
「残りは、ほれ」
アツアゲが1人の男を引きずってきたのが見える。このリーダーの他に3人の男が場に残されて……というか気絶していたのだが、起きたときに逃げないようにアツアゲに頼んでいたのだ。かくして逃げようとするたびにアツアゲにビームを喰らったり飛び蹴りで蹴倒されたりしていたのだが……そのせいか、リーダーの男よりも結構ボロボロである。
「何人かは逃げてしまったがの」
「いえ、充分です。背後関係はこちらで吐かせます」
警備部即応課。その名の通り様々な事態に即応するための部隊ではあるが、業務を委託されている丸山や宅井のような覚醒者とは違い、安野のような完全に覚醒者協会日本本部に属している覚醒者である。この「警備部」は警備と名はついているが、実際には覚醒者関連の荒事を解決するための部署だ。勿論、あまり大っぴらにされていない「公然の事実」というものではあるのだが……最大限にポジティブにいえば自浄機能の一つである。さておいて。
「よし、連れて行け。拘束を忘れるなよ」
そうして車に詰め込まれ連れていかれた男たちを見送ると、イナリのするべきことは終わってしまう。まあ、背後関係が何処かなど分かり切っている気もするが、そこは覚醒者協会がやってくれるだろう。そんなことは、イナリはどうでもいいのだ。
「……己が目的のためならば人を殺すも遊戯が如く、か」
10大クランの1つだの最大手の覚醒企業だの……そんな話はイナリは、物凄くどうでもいいのだ。要は金だの地位だのというモノのためであれば殺人も厭わないという話であり、その者が支払う金で手先となる者がいる。それがイナリには、どうにもこうにも理解し難いものなのだ。
そんなどうでもいいものよりも、イナリが懸念していることは別にある。
(恵瑠にはどう説明したもんかのう……)
自分のために殺し屋が送り込まれてきたなどという話を聞けば、心を痛めるのは間違いない。しかし伝えなければ、それはそれで信頼に値しない存在なのかと悩んでしまう可能性もある。
イナリの見る限りでは優しい子だ、心に負担はかけたくないが、今回の件を解決するにあたり何事もなかったというのもまた欺瞞に満ちた話だろう。そんなものはすぐに見破られてしまう。
どうするべきか考えながらイナリは腕を組み、足で地面をタシタシ、と叩いて。横でアツアゲもそれを真似していた。
そうして悩んで、悩んで。イナリは1つの結論を導き出す。
「……正直に話すのが一番じゃの」
どう受け止めるかはイナリには分からないが、勝手な配慮で隠すのが結果的には一番傷つくだろう。強さを無理に期待するのではなく、イナリが可能な限りフォローすればいい。そう考えながら……自分に出来るかちょっと悩んで「うーむ」と唸ってしまうのだった。





