お狐様、そういうのは効かない
都内を走る大型の車の中で、防具に身を包んだ男たちが打ち合わせをしている。顔を隠した怪しげな男たちだ……武器を抱え、ダンジョンにでも挑むかのようである。しかし、その打ち合わせ内容はダンジョン攻略とは全く関係のないものだった。
「よし、全員内容は頭に叩き込んだな。目標は狐娘じゃないほうだ」
「へっ、見た目に分かりやすいのは助かるな」
「で? 殺していいんだったよな」
「ああ。最終的に行方不明になってもらうが……な」
「いつも通りってこったな。狐娘のほうは相当強いって聞いたが大丈夫なのか?」
「問題ない。田中から、こいつを受け取っている」
リーダーらしき男が取り出したのは、淡く輝く宝玉のような何かであった。どうやら何かしらのアイテムであるようだが……いったいなんだというのだろうか?
「こいつは結界球だ。これを使えばゴーレムのようなデカブツだろうとボス級の怪物だろうと一定時間閉じ込められるって代物だ。その間に仕留めて、結界球のほうはコンクリで埋めてどっか深海にでも廃棄しちまえばいい。それで終わりだ」
そう、強い覚醒者だろうとそうしてしまえば何も出来やしない。そしてこの結界球は、日本では今のところ産出せず、それゆえにあまり知られていないアイテムだ。どの国の覚醒者協会でもそうした「隠しているわけではないが積極的に情報公開をしていない」部分があり、これはまさにそんなアイテムの1つ。それゆえに発覚しにくい手段なのである。
「そろそろ目的地に着きます」
「よし、降りる準備をしろ。作戦時間は5分だ。手早く済ませるぞ」
そうして車を降りてマンション近くに辿り着いた男たちがまず取り出したのは、2つの道具。周囲の音を吸収する「凪の鈴」。これで発覚するのを遅れさせるつもりだ。そして次に取り出すのは「眠りの霧」。半径200メートルを眠りに包むこの霧は、所有者とその仲間以外を眠りに落とす使い捨ての箱型アイテムだ。
そう、この2つで完璧だ。万が一起きても、それは致命的な一撃を叩き込まれた後だ。本当に楽な仕事だ。
「始めるぞ」
「何をじゃ?」
霧の中に立っている狐耳の少女……イナリの姿に、全員が本気の驚愕をみせる。当然だ。眠りの霧の中で起きているなど、今まで有り得ないことだった。だというのに、何の準備もできなかっただろうこの状況で、どうして起きていられるのか。
「人を眠らせる霧は2度目じゃが……まあ前回の磯の香りの霧よりはマシかのう」
そう言うイナリの手には、何も握られてはいない。素手である。だからだろうか、リーダーの男は頭の中で素早く考えを巡らせていく。
「いや、すみませんね。モンスターの駆除依頼が出まして。付近に迷惑をかけないようにこういったこともしているんですよ」
「おお、さよか。此処の建物には居らんから、入らんでええよ」
「ハハハ、ありがとうございます」
そんな会話をしながら「成功した」とリーダーは思う。会話だろうと戦闘だろうと、イナリを引き付けられているならば成功確定だ。事前の資料では小鳥屋 恵瑠は然程強い覚醒者ではない。アサシンのジョブ持ちがすでに壁を登って2階に到達している……あとは窓から侵入してしまえば、それで。
「ぐあっ」
バヂイッ、と。何かに弾かれて誰かが地面に落ちる音が聞こえてくる。そしてリーダーには見えていた。あれは……バリア? いや、結界? 防犯機能でそんなものは有り得ない。となるとイナリの仕業だ。まさか、部屋にすでにそんなものを? 何処まで、何処まで万能だというのか。
「はてさて。仕掛けた結界に何かが弾かれたようじゃが……どうにも儂の部屋じゃのう?」
「……全員、構えろ。やるぞ」
10人の男たちがそれぞれの武器を構えて一斉に走り出す。迎え撃とうと構えるイナリにリーダーの男を含む6人が襲い掛かり、残り4人はマンションの中へと突入していく。警備は眠りの霧で寝ているはずだ……セキュリティは無理矢理突破しても問題ない。
「ほう、そういう手に出るか」
「でやああああああ! パワーストライク!」
「クリティカルスラッシュ!」
「ほれ」
「うわあああああああ!?」
何かのスキルを発動させた2人をイナリはポイと投げる。スキル「狐神流合気術」はどんな体勢からでも相手をぶん投げられるスキルだ。2人を同時に投げる程度、何の問題もない。
「ダークスラッシュ!」
「おお、禍々しい。まあ、どうでもええが」
投げて、投げて。5人を投げ終わると、イナリは「ふむ?」と周囲を見回す。リーダーの男が居ない。さて、何処に行ったのか……その答えは、スキルで隠れて背後に居た、が正解で。その状態から繰り出せる最高の一撃をリーダーは放つ。
「……アサシンエッジ」
見つからずに放つことさえできれば相手の急所へ一撃を与えられる暗殺者のスキル。それを放ったリーダーは、勝利を確信した。部下どもを犠牲にしたおかげで、この作戦は。
「ほれ」
「えっ」
腕を掴んだイナリに投げられて、リーダーは宙を舞う。何故。確かに見つからずにスキルを。いや、まさか。まさかこいつは。
「見えて、たのか?」
「コソコソと何をしとるのかとは思っとったよ」
怪物。倒れた自分に向かって足を踏み下ろすイナリを見上げながら、リーダーの男は気絶する瞬間にそう呟いた。





