越後商会、大荒れする
イナリたちが帰った後。越後商会本部は大荒れだった。
「くそう、くそおおおおおおお!」
その辺にあるものをとにかく投げまくる男の名は越後 次郎。前クランマスターの叔父にあたる男であり、覚醒者としてはかなり底辺ながらも人を使う才能はあり、今回の後継者候補として上がったのも血筋に加え、そういう理由があった。
見た目には優しげな顔をしており、好々爺然とした見た目のある中年であるため、普段通りにしていれば第一印象は「穏やかそうな人物」となるのだが……それは機嫌がいいときだけだ。
「落ち着け。確かにしてやられたが、あんな小娘に何が出来る。越後商会の経営はそんな簡単なものじゃない」
対するもう1人の男は越後 良一。年齢は次郎と同じく40~50代に見えるが、見た目は良一のほうが若く見える。細く引き締まった身体と眼鏡、オールバックの髪がそういう印象を作り出しているのだろうか。第一印象もそうした「出来る男」といったイメージだろう。
2人とも、先程ダメな大人や上司の見本を見せつけたとは、とても思えなかった。いや、次郎は今も現在進行形で見せつけているが……それに忠言する人は此処には居ない。
「良一、お前はそれでいいのか⁉ ナメられたんだぞ、俺たちが! あんな連中にだ! ちょっと実力があるからって、それで会社が回るとでも思ってやがるのか!」
「だから落ち着け。ここでキレたって連中は何も思わないぞ」
「ならどうするってんだ!」
「どうもしない。多少の後ろ盾を得たからって、俺が此処のトップになるのは変わらないからな」
そう言って良一は部屋を出ていくが……すると「くそっ!」と次郎は椅子を蹴り飛ばす。
「もう社長気分か! その椅子は俺のものなんだぞ! どいつもこいつも……くそおおお!」
「落ち着いてくださいよ、次郎さん」
そこに扉を開けて入ってきたのは、如何にもチンピラじみた男だ。紫のシャツと無駄にギラギラした金時計が「らしさ」を加速させているが、あるいはそれも商売道具なのかもしれない。
「お前……またそんな格好で! それらしい服装にしろと言っただろうが!」
「勘弁してくださいよ。持ってる中でも一等真面目な恰好にしてきたんですよ?」
「チッ……! どいつもこいつも! 何処に落ち着ける要素がある! そうだ、マスコミを呼んで来い! 今回の連中の非常識を」
「だから落ち着いてくださいって。そんなもん呼んだって無駄ですから」
こいつ大丈夫か、と思いながら男は笑顔で次郎をなだめる。
「無駄とはなんだ! こういうのは初期対応が重要なんだぞ!」
「うっせえなあ、もう。無駄だってんだよ。耳ついてんのか?」
「おい、その態度ぐあっ!」
次郎の足を蹴ると、次郎はその場に倒れこんで。男は次郎を笑顔の消えた表情で見下ろす。
「いいか? 相手は狐神イナリだぞ? 今大人気の人格者で実力派だ。派手なアイドル活動の類はしてないが、地元の評判も上々で付け入る隙は一切ねえ。更には覚醒者協会の日本本部を引っ張り出す溺愛されっぷりだ。ついでにアンタは前回本部でやらかしてきたんだろ?」
「ぐ、うううう……」
「アンタがマスコミなんか呼んだところで思い通りにゃなんねえよ。連中も覚醒者関連のネガティブな報道にはある程度慎重だ……人気者をけなした後の責任はとりたかねえんだよ」
そう、ガス抜き程度のことはするが「覚醒者全体を怒らせた場合の結果」は日本はすでに知っている。それの再来を招いたなんていう称号は何処のマスコミも欲しくはない。
「むしろアンタが叩かれる側だよ。アンタ相手ならどれだけ叩いても覚醒者社会は反応しねえ……そこんとこをキチンと理解しろよ?」
越後商会のお家騒動はもう広く知れ渡っている。そんな泥沼に腰までつかってケンカしている連中を「あいつら馬鹿だぞー!」と報道したところで、覚醒者側も「そうだね」となってしまうのだ。
「良一の言うように何もしないとでも言うつもりか?」
「ああ、今はそれが最善だ。この件は大人しく見守ってるんだな」
言いながら男は部屋を出て……「ま、アホだから反発して自分の考え突き通すだろうな」と呟く。あの手の人間は自分の意に沿わないもの全てを許さない。お山の大将だからこそそれが世間に通じる、あるいは多少でも通じた成功体験を持つが故だろうが……だからこそ、次郎につけた人員を使って何かするだろう。その何かが「なんであるか」は、まあ、分かり切ったことではあるのだが。
「さて、そうすっとレッドドラゴンは『終わり』だな……ま、直接『コガミイナリ』を見るチャンスか」
言いながら男は何処かに電話をかけ始める。その相手は、ぴったり3コールで電話に出て。
『どうした。定時連絡はまだだろう』
「決定だ。俺は所定の準備に入る……おめでとう、主役はお前だ」
『そうか。ならば精々踊るとしよう。正しき秩序のために」
「ああ。正しき秩序のために」
電話を切って。男は髪をかき上げ笑う。見極め役は自分だ。だから今回の結末は、しっかりと見届けようと。そう決めていた。その瞬間。クラン『レッドドラゴン』のマスター補佐『田中 太郎』は、その偽名としてみれば適当極まりない名前を放棄するときがすぐそこにきた事実に多少のおかしみを感じながらククッと笑っていた。
・田中 太郎
クラン『レッドドラゴン』マスター補佐。
日本の覚醒者名簿には同姓同名の覚醒者が存在し、顔が一致する覚醒者も存在する。
しかし、この男は日本の覚醒者名簿には載っていない。





