お狐様、電話する
さて。一日の家事の流れとは、ご家庭により様々なパターンがあれど絶対にあるのは「ご飯」「掃除」「洗濯」「買い物」……まあ、こんなところだろう。一人暮らしの大学生に社会人、主婦に主夫、その他色々と存在する中でも、多少の増減はあれど一日の何処かで行うものだ。
しかしながら……狐神家の洗い物は、物凄く少ない。特にイナリのものはタオル類だけと言ってもいい。そんなイナリは今、アツアゲと一緒に通販番組を見ている。何やら洗濯機を買うと今なら古いものを下取りしてくれて更に安くなるらしい。
「……」
「む? どうしたのかの?」
お風呂から出てきたらもうパジャマだったので気にしていなかったが、その後イナリの巫女服は何処にいったのか。今は巫女服だが、そうするとパジャマは何処にいったのか? 今ベランダで翻っている洗濯物には、イナリのものはない。まさか恵瑠が知らないうちにクリーニングに出したのか。不思議に思い、恵瑠は直接イナリに聞いてみる。
「あの。狐神さまの洗濯物は……」
「む?」
「お着替えなどはどうされてるのかな、と」
「おお、おお! そういえば説明しとらんかったの」
イナリはそう言うと、立ち上がり巫女服をポン、と叩く。そうすると通販番組の男性が着ているものと似たスーツ姿にイナリが変わる。上質な、デザインとしてはスタンダードなものだ。なんだかいつもと印象がガラリと変わって「クラスのちょっとヤンチャな男の子」といった風情が出ている。スーツの力とは実に凄まじいものだ。
「そして次は……こうじゃ!」
もう1度叩くと、今度は相方役の女性のスーツに変わる。なんだか職業体験中の女の子のようにも見える……さておいて。もう1度叩くと、再び巫女服に戻る。
「まあ、こんな感じでのう。儂の服はいつでも何処でも汚れぬし好きな形に変わるんじゃよ」
「なんだか物凄くとんでもないものを見せられた気がします……」
「そうかのう」
実際物凄いアイテムなのであるが、それが防具でもあるというのだからイナリが思う以上に世間での価値は凄いものであったりする。まあ、イナリが手放すことはないので価値がどうこうという話には意味もないのだが。ちなみにイナリがテレビから離れた隙にアツアゲが番組をニュースバラエティに変えていた。
「まあ、そんな感じじゃから洗濯物が少なくてのう。立派な洗濯機が泣いとるかもしれんの」
「うーん……」
白物家電は季節ごとに新作の出る入れ替わりが激しいものではあるが、イナリの家にあるものは相当な高級品だ。まあ、置いてあるもの全てが(覚醒者協会が選んだ)高級品なので今更ではあるのだが。
「おお、そうじゃ。越後商会の件なんじゃがな」
「……! はい」
イナリの言葉に、恵瑠は佇まいを整えなおす。そう、それが目的でイナリの元に来ているのだから重要な話だ……まさかもう解決したという話で無いのは分かっているけども。
「ひとまず、今から電話をかけてみようと思うんじゃよ」
連絡先は調べたしのう、と言うイナリに恵瑠は頷く。確かに直接乗り込んでも相手にされない可能性は高い……となると、まずは電話、なのだが。
「その……大丈夫、でしょうか?」
「大丈夫、とは?」
「いえ、その。確かに私を候補として担ぎ出す計画ではありますけども。狐神様のお名前でも向こうが、その。かなり失礼な対応をするのではないかと……」
「そこは織り込み済みじゃよ。そもそも部外者の儂がどうこう言ったところで最初の関門を超えられぬのは、武本も織り込み済みじゃと思うがの」
「え? それはどういう……」
「こういうことじゃよ」
言いながらイナリは覚醒フォンで何処かにかけるが……出た相手は、安野であった。
『おはようございます狐神さん』
「うむ、おはよう安野。最近如何かのう?」
『ぼちぼちってところですね。え? まさか私のことを気にしてくれたんですか? うふふ』
「うむうむ。それでのう、ちと頼みがあるんじゃが」
『え? 珍しいですね。何でしょう?』
「ちと越後商会の話に絡むことになってのう。繋ぎをお願いできんか?」
『ゲッ』
少しの間、無言とバタバタ響く音が聞こえてきて。保留音になった後、しばらくしてからようやく安野が電話口に戻ってくる。
『あ、あの。詳しいお話をお伺いしたいので、明日お伺いしても大丈夫ですか?』
「勿論じゃよ」
『ちなみに絡むというのは』
「後ろ盾になった子がおってのう」
『……それはもしや武本武士団の』
「うむ。話が早くてええのう」
『えと。では、その。明日の朝10時にお伺いしますので』
そうして電話を終えると、イナリは「分かったかの?」と微笑むが……恵瑠は驚きの表情のまま固まってしまっている。そんな恵瑠の顔をイナリが軽く揉むと、恵瑠はハッとしたように「ええ……っ!?」と声をあげる。
「え、ええ……!? ま、まさか今、覚醒者協会を巻き込みましたか!?」
「うむ。儂の言うことを聞かずとも覚醒者協会の話であればひとまず土俵に上がれるじゃろ?」
「いえ、それは。まあ、その、確かに。ですが……え!? 覚醒者協会がこういう話で少なくとも関わろうという姿勢を見せるなんて」
「親切じゃよ? 流石は覚醒者をさぽおとする組織ということかのう」
ほのぼのとした顔で言うイナリに、恵瑠は心の中でツッコんでいた。
(いやいやいや……有り得ないですよ、そんな。え、でも。協会側もこの問題を認識していて憂慮していたとすれば? いえ、でも……えええええ?)
「そ、その。明日……上手く話が進むことを祈るだけですね」
「そうじゃのう」
あるいは、イナリの影響力が恵瑠たちが思っていたよりも凄いのか。その辺りは恵瑠には分からないが……思ったよりも凄い人物を引っ張り出してしまったのかもしれないと。恵瑠は、そんなことを考えていた。





