お狐様、ハンバーグを作る
そうしてイナリと恵瑠は一緒にイナリのマンションに向かうことになるのだが……海老茶色の袴に矢絣柄の着物を着て袋に入れた薙刀を背負っている恵瑠とのコンビは、巣鴨であれば何の違和感もないがバスに乗ってイナリのマンションの近くである東京の中央区辺りまで来ると、大分目立つようになってくる。
勿論、何もおかしくはない。鎧やローブ姿の覚醒者が出歩いている時代だ、着物など珍しくもなんともない。そう、珍しくはない……のだが。イナリとセットで歩いていることで注目度が増しているのは、これはもうどうしようもないことではある。
更に2人がいるのは近所のサトウマートである。狐巫女と和装少女のコンビはなんとも見目麗しく、そして目立っていた。
「うーむ。ひき肉と……玉ねぎ、じゃったな?」
「ハンバーグですか?」
「うむ。作っているところを見たことはあるからの。大丈夫じゃよ……」
ハンバーグは昔からご家庭のご馳走だ。玉ねぎを小さく刻む音も、じゅうじゅうと焼ける美味しそうな音もイナリは覚えている。カレーと同じく、イナリがあの山奥の村にいたときの記憶の1つだ。まあイナリ自身は筋金入りの米好きではあるが、ヒカルにも栄養バランスについては言われているため、人が来るときはそういうのにも気をつけている。すでにカゴの中にはニンジンも入っていて、お味噌汁用の木綿豆腐も入っている。
「こちらの合いびき肉がよろしいかと。最終的には好みになりますが……」
「うむ、ではそうしようかの」
合いびき肉のパックを掴むと、カゴに入れて。しかしそこで、恵瑠がチラリとカゴに視線を向ける。
「あの、やはり私が……」
「ダメじゃ。こういうのは儂の楽しみじゃからのう」
本当に楽しそうなので恵瑠としてはそれ以上何も言えないのだが、イナリにカゴを持たせているのはなんだか悪い気分がしてソワソワしてしまう……まあ、実際には何1つ悪くないし、イナリは本当にこういうのが楽しいので、本当に何の問題もなかったりする。
そんなこんなで無事に夕飯の材料を購入すると、イナリと恵瑠はマンションへと辿り着く。セキュリティのしっかりとした高級低層マンションは武本武士団の寮などと比べても恵瑠にはかなり珍しいものであるようで、感心したような声をあげながらイナリの部屋へと入っていく。
「うわあ……広いですね」
「うむ。儂1人には広すぎるんじゃがの。しかしまあ、こうして客も呼べるからの。結果的には良かったと思っとるよ」
それでもかなり広いのだが、メイド隊の面々を呼んだときにもまだ余裕があると感じられたのだから、流石の広さとは言えるだろう。勿論台所も相応に広く快適で、恵瑠は「わあ……」と声をあげていた。
「さて! では、はんばあぐを作るとしようかのう!」
「はい、お手伝いします!」
ハンバーグの作り方はご家庭の味というように、作り方は本当に様々だ。美味しいとされる作り方でさえ様々であり、お手軽なハンバーグ用調味料といったものまで存在している。しかし、イナリのハンバーグは非常に簡単だ。かつて村で見たハンバーグの見様見真似であり、しかしそれでも美味しいハンバーグは出来上がる。
まずはタマネギを微塵切り。微塵切りなどというと難しく聞こえるが、玉ねぎを小さな四角になるように刻んでいけばいいだけの話である。そしてイナリはタマネギを切っても目には何の問題もない。
そうしてタマネギを刻んだら飴色になるまで炒めて、冷めたところでボウルの中でひき肉を混ぜ込み、手でしっかりとこねていく。このときのこね具合はやはりご家庭によるが、イナリはしっかりとひき肉とタマネギが混ざって1つの塊になったと思えるくらいでやめる。
「そしたら……確か、こうじゃったな」
塊を2つに分けると、手の平同士で軽くキャッチボールをするようにリズミカルに移動させ叩きつけていく。これは空気を抜くとかそういう意味があるらしいが、イナリはその辺の仕組みは良く分からない。同じようにもう1つのハンバーグを担当している恵瑠は、ちょっとだけ分かっている。
そうして油をひいたフライパンを熱してハンバーグをじっくり焼いていけば出来上がりである。
此処に一口大に切ってハンバーグを焼いた後の油を使い焼いたニンジンを乗っけて、ホカホカのご飯と豆腐のお味噌汁を添えて。最後にケチャップとソースを1対1で混ぜて熱した特製ソースをハンバーグにかければ出来上がりだ。
「うむ、結構できるもんじゃのう」
「はい、とっても美味しそうです!」
しっかりと焼けたハンバーグはソースのちょっと濃い目の味も実にご飯に合う。余ったソースはニンジンにつけても美味しい。イナリの見たハンバーグがこれで作り方があっているかはちょっとイナリにも分からないのだが……それはそれで、イナリのハンバーグというご家庭の味だ。
「お料理が上手でいらっしゃるんですね」
「いやあ……儂1人なら、三食おにぎりがあれば充分幸せなんじゃがの」
「それはどうかと思います」
「うむ、よく言われる」
真面目な顔で言う恵瑠に、イナリは神妙に……あくまで態度だけは神妙に答える。しかし……分かっているけどやめられない。そんな顔をしていると、恵瑠は思っていた。





