お狐様、巣鴨に行く2
イナリが通されたのは庭の良く見える広い部屋であり、良い匂いのする畳に敷かれた座布団は、シンプルなデザインながら上質なものであった。
「良いものを使っとるのう」
「うむ。畳も座布団も巣鴨で買ったものだ」
「ほう、良い店があるんじゃのう」
「というよりも、良い店が育つようにしているというべきか。これだけ図体のデカい屋敷で地元のものを買っておらんというのは、良くないじゃろう」
確かにそれはその通りだとイナリは思う。地元の人間が地元でモノを買ってこそ地元の産業は成り立つ。もっとも、それが絶対の正解ではないしもっと複雑なものであるかもしれないが……少なくとも武本はそう考え、そうしているということだ。
「ま、茶を飲んでくれ。それなりに良い葉を使ってるつもりじゃ」
「うむ。む、これは中々……」
「最近出回り始めたものでな。気に入っている」
お茶を楽しんで、ほうと息を吐いて。そこで仕切り直すように武本は湯呑みを置く。
「さて。今日来てもらったのは、ちょっとした相談があるからじゃ」
「うむ。そう聞いておるの。しかし儂に何をせよと?」
「このクランのことだ。正直な話で言うとな、9大クランといっても武本武士団は他のクランと比べると随分趣味的だ」
「まあ、そうじゃろうな。儂も巣鴨が江戸になったかと思うたわ」
「確か……巣鴨はかつて江戸だった気もするが……」
「そういう話はしとらん」
「ハハハ! ま、とにかく武本武士団は和風なジョブが集まって大きくなったクランじゃ。そしてな、こういうローカルなジョブは大抵の場合は色々偏っとる」
たとえばサムライ。適正武器が剣ではなく刀であり、スキルもそれに合わせたものが多い。
たとえば巫女。扱い的にはヒーラーなのだが、中々にクセが強い。
たとえば陰陽師。魔法ディーラーだが、やはりクセが強い。
たとえばニンジャ。シーフとアサシンの中間のようなジョブだ。
他にもタンク的な役割を持つヨウジンボウや、武本のショウグンなど、まあ色々いるが……基本的に攻撃に偏っている。
「偏っているのを悪いとは思わんが、活躍の場が限定されるのも事実。そこに現れた狐神殿は……まあ、うちの連中にとってアイドルでな?」
「うむ?」
なんか話が妙な方向に流れて来たな、と思いながらイナリは頷く。別にイナリは未来ある若者の指針にもアイドルにもなったつもりはないのだが……何故そんなことになっているのか?
「同じ和風ジョブで、怒涛の大活躍。となれば、自分たちだってもっとやれるはず。そんな感じの希望を抱いて弓を引いてみたり薙刀を使ってみたりと、まあ色々やり始める者が増えてな。ま、いい影響が出とるよ」
「うむうむ。若者が自分の可能性に挑むのは良いことじゃの」
「今日も狐神殿が来るということでソワソワしてるのが多くてな。後で声でもかけてやってくれると嬉しい」
「そのくらいならお安い御用じゃ。ふふ、相談というから何かと思えば。身構えてしまったのう」
「……いや、実は相談は此処からじゃ」
今までの軽い雰囲気をがらりと変え、武本は声を落とす。今までのは全部演技だと言わんばかりの真面目な表情は、イナリにも自然と緊張感を伝えてくる。
「越後商会のことじゃ。先日のことがあって以来、どうにも気になってのう。調べたんじゃ」
越後商会。10大クランの中でも一番下であり、今となってはその枠組みからも外されてしまったが……それでも未だ巨大クランであることは事実だ。お家騒動中のそんな越後商会だが、クランマスターの座を巡るその争いは、どうにも裏で火種を追加している連中がいるようなのだ。
「超人連盟、という言葉に聞き覚えは?」
「ないのう。実に胡乱な名前じゃが」
超人連盟。簡単に言えば覚醒者を人を超えた「超人」であると位置づけ、超人によって現代社会は運営されていくべき……と考える過激な団体である。大多数の覚醒者はそんな国家転覆じみたことなど望んではおらず、ただ抑圧しようとしないでくれ、仲良くやっていこう……と考えているが、超人連盟は違う。しかしながら超人連盟は国外で旗揚げした連中であり、日本のような小さな国では関係のないことと思われていた。
「しかしどうにも、そいつらの影がちらつく。チンピラクランを隠れ蓑に背後から支援しているような……そんな気がするのだ」
チンピラクラン。覚醒者としての力を持った愚連隊みたいなどうしようもない連中だが、有名どころだとレッドドラゴン、黒い刃、覚醒者互助会、サンライト、清風などがこれにあたる。ちなみに黒い刃はイナリにボッコボコにやられて解散しているが。
「さんらいと……ん?」
「サンラインとは別じゃ。聖女も随分迷惑しとる」
10大クランであるサンラインとチンピラクランであるサンライトは別物であり、サンライトがサンラインと誤認するような名前をわざとつけた経緯もあったりする。流石はチンピラクランである。やることが汚い。
「実は今回関わっとるのも『サンライト』と『レッドドラゴン』じゃ。目的が越後商会の弱体化なのか、乗っ取りなのかは分からんが……超人連盟が絡んでいるかどうかの確証が欲しい」
「うーむ……それで、儂に何をさせようというんじゃ?」
「うむ。恵瑠!」
武本が呼ぶと、ふすまの向こうに控えていた少女が顔を出す。随分弱気そうに見える少女だが……その顔に、イナリは見覚えのあるものを感じた。
「お主、まさか」
「小鳥屋 恵瑠です。お初にお目にかかります」
「この子は越後商会の前のクランマスターの姪っ子でな。本来、こんなことに巻き込みたくはなかったが……」
今回の件を解決するためには致し方ない、と。武本はそう溜息をつく。そしてここまでくれば、イナリは自分が何を頼まれようとしているか察しがついた。
「恵瑠の後ろ盾として、越後商会のお家騒動に絡んでくれ。実際に継がせる必要はない……何か怪しげな連中が出てこないか、確かめてほしいんじゃ」





