お狐様、巣鴨に行く
豊島区巣鴨……おばあちゃんの原宿ともかつての時代には言われていた巣鴨地蔵通り商店街のある地域である。極端な坂道などもなく歩きやすいことでも知られているが、今ではちょっと面白い変化があることでも知られている。
「なんじゃあ、これは……」
旧巣鴨駅のバスターミナルに降り立ったイナリの第一声は、まさにそれだった。しかしそれも無理はない。巣鴨とて豊島区……つまり東京の一地域であり、位置的にはまさに現在の日本の中心に近い。しかし、しかしだ。イナリの目の前に広がる光景は……まるで、江戸であった。
「何故巣鴨が江戸に……? いや、なんとなく理由は分かるが……」
そう、江戸なのである。瓦屋根の低層建築物が並び、店舗は暖簾をかけて営業中を示し、着物の男女が楽しげに歩いている。勿論洋服の人間も混ざってはいるが、着物率の圧倒的な高さである。流石に城は無いが「今の技術で住みよく整備された江戸」といった雰囲気がある。
「そこの巫女のお嬢さん! 巣鴨名物の駕籠はどうですか!? 快適ですよ!」
「う、うむ。では武本武士団の本部までお願いできるかのう」
イナリがそう言えば、担ぎ手たちが「えっ」と声をあげる。
「あそこのお客さんですか!?」
「それならサービスで1000円で如何ですか!? いい仕事しますよ!」
「うむうむ。では、ほれ。これでええかのう」
「毎度! ではお乗りください!」
イナリが乗るには少し大きな駕籠だが、随分と頑丈な造りであるのが分かる。イナリが思わず「ほお」と感心した声をあげると、担ぎ手たちがニカッと笑う。
「フル装備の覚醒者が乗っても壊れない造りになってます! 安心してお乗りくださいね!」
「では出発! わっせ!」
「わっせ!」
元気な掛け声で駕籠は道を進んでいくが、こういうのが名物なのだろう、道行く人たちがスマホで写真を撮っているのが見える。というか、この担ぎ手の2人も覚醒者なのだろう……先程から揺れがほとんどない。
(うーむ……恐らくは武本武士団を中心に町が出来たのじゃろうが……)
実際その通りであり、今の巣鴨は武本武士団の本部を中心に「和の心を感じる町」と化している。通りには和菓子屋に喫茶店、その他落ち着いた感じの服を売る店に呉服店まで並んでいる。そんな中を和装の覚醒者たちが歩いているのが見えるが、もしかすると彼らも武本武士団のクランメンバーであるのかもしれない。
そうして辿り着いた先は、武家屋敷の如き佇まいの武本武士団本部であった。
「お待たせしました、到着です!」
「うむ、ありがとうのう」
そうしてイナリが門前に立つと、警備と思わしき和装の若者が「狐神様ですか?」と声をかけてくる。きちんと話が通っている……というか、呼ばれたのだから話が通っていないと困るのだが、イナリは「うむ」と頷く。
「今日は武本殿に呼ばれてきたのじゃ。取り次ぎをお願いできるかのう?」
「はい、勿論です。それと狐神様がいらっしゃいましたら中にお通しするように言われております」
「では遠慮なく」
門の中に入ると、しっかりと手入れされた庭園と建物類が目に入る。どれも時間とお金、そして人手をかけていることが分かる造りであり、今この瞬間も掃除担当がゆったりと掃除をしているのが見える。そして……その場に立っている、武本の姿も。
「いやあ、よく来た! 早速呼び立ててすまなかったが……いや、今日は実に良き日だ!」
「お主……なんでそこに立っとるんじゃ?」
「なんでもなにも。待ち合わせの時間が近づくと年甲斐もなくワクワクしてな。他の者に偉そうに出迎えに行かせるのもどうかと出てきてしまったわい」
「さよか……」
前回の初顔合わせで年齢相応に落ち着いていないことはイナリも察してはいたが、あまりにも元気が良すぎて近所の子どもと同じ感じがある。まあ、覚醒者として現役なのだからそういうところがあって当然、なのかもしれないが。
「しかしこの町、何故江戸になっとるんじゃ?」
「何故と言われてものう。この辺りはモンスター災害できっかり壊滅しとったし、そこからどう復興するかという話だったんじゃろうな」
そう、巣鴨はかつてのモンスター災害でほぼ更地になるまで滅ぼされた。そこに武本武士団が本拠地を構えた後、巣鴨の住人たちはそれを中心に巣鴨を復興させることにしたのだ。レトロな雰囲気を更にレトロに。バリアフリーを更に強化し、誰もが来やすい町に。更地になったが故の取り組みは功を奏し、今の巣鴨が出来上がった……というわけなのだ。
「で、見ての通り今では和風な覚醒者と一般人が混ざり合う場所になっとる。海外からの観光客からも好評らしくてな。今では巣鴨は完全に復興したと言ってよかろう」
「人の強さ、じゃの」
人にも町にも歴史がある。更地になった程度では諦めない巣鴨の人々の精神が、今の巣鴨を作ったのだろう。それはイナリからしても大変に好感の持てるものであり、その支柱となったであろう武本武士団に対する評価も、イナリは心の中で上げていたのだった。





