お狐様、10大クランに会う
それから数日後。覚醒者協会日本本部にて、イナリと10大クランの顔合わせが行われることになった。これはイナリ自身「会ってもいい」という希望があったことが大きい。まあ、そんなわけで会議室に集まった10大クランのマスターたちのいる場所にイナリも案内された……のだが。
「なんじゃ、この状況……何があったんじゃ?」
「気にせんでええ。ちょいと相応しくないのが紛れ込んどってのう」
武本武士団の武本がそう快活に笑うが、叩き割られたように壊れた机と、壁際に転がって気絶している男のことを気にするなと言われてもイナリには無理である。イナリを此処まで案内してきた青山も大きく溜息をついているが……その直後に担架が運び込まれ男を何処かに連れていく。チラリとイナリが視線を向けた先には「越後商会」というプレートが落ちている。
「お家騒動中とは聞いとったが……もしやそれを理由に排除したわけではなかろうの?」
「それこそまさかだな」
富士の迫桜院が、軽く肩をすくめてみせる。心外だ、と言いたげだが……イナリの疑いの目を受けて鼻の頭を軽く掻く。なんとなく母に怒られているような懐かしい気持ちを思い起こしてしまったからだが……だからだろうか、少しばかりきまり悪そうに「本当にそれは誤解だ」と言葉を重ねる。
「あー……なんだ。越後商会はまだ新しいマスターが決まっとらんのだが、候補の1人が今回の話を聞きつけて来たはいいが、『狐神イナリは越後商会に対し大きな借りがあるから所属すべきだ』とか言い出してな」
「借り?」
「東京第1ダンジョンの件ですね。当時のマスター……越後 八重香を救出できなかったのは貴方の失態である、と。そう言い出したわけです」
ジェネシスの竹中が「くだらない」と付け加えるが、イナリはそれに納得したように「あー……」と呟く。確かにその件は秘されている。事が10大クランに関わる、影響力の大きすぎるものであるため、神の如きものの件は知らされても、それと契約し皆殺しを実行した主犯がその八重香であることは10大クランにも伏せられているのだ。だからこそ「そういう話」が出てきたのはイナリにも理解できる話である。
「ま、後は色々と聞くに堪えないことを並べ立てはじめまして。私たちとしては、そういうアホの仲間と思われるのも嫌でしたので……まあ、口を閉じるお手伝いをしたわけです。あ、勿論怪我1つありませんよ。治しましたから」
「越後商会はもう駄目だなありゃ。覚醒者をモノとして見るようじゃ、クランとしては終わってる」
サンラインの月山とドラゴンアイの千堂も続けてそう言うが……まあ、全員一致で越後商会の自称代表者をぶん殴ったのだろうとイナリにも理解できる。そしてそれがどうやら「イナリに悪印象を抱かれたくないから」という話では、イナリ自身がそれをとやかく言うのは憚られてしまう。しまう、が……それでもイナリは大きく溜息をつく。
「うむ。事情は分かった。分かったが……そういう場合は叩くのも怒るのも儂がやるべきじゃろう」
「ああ、それはいけません。ああいうのはそれを理由につけ込んできます。だから私たちがやるのがいいんです。『他の10大クランに排斥された』という事実を公開して困るのはあっちですから」
魔道連盟の六志麻がカラカラと笑うが、まあつまりはそういう力関係の話なのだ。「イナリに殴られた」と「10大クランに袋叩きにされた」でどちらがよりダメージが大きいかといえば後者であり、公にしにくいのも後者であるというわけだ。何しろ10大クランにやられたとなれば「そんなやられるような悪いことをしたのか」と思われる程度には信用があるのだから。
「……まあ、程々にお願いします。では狐神さん、お席へどうぞ」
「うむ」
青山に促され、イナリは自分のネームプレートのある席に座る。円になるように並べられた机は、各自の顔が良く見えるようにする配慮だろう。どの人物も、中々に癖があるのはイナリにも分かった。あの廃村がそうなる前の村長やら地主やらと似たような目をしている。
「ではまあ、互いに自己紹介から始めようか。儂はクラン『富士』の迫桜院だ」
「俺はクラン『天道』の小林です。どうぞよろしく」
そんな風に自己紹介が進んでいき、最後にイナリが挨拶をすると、迫桜院が「さて」と声をあげる。
「まずはこうして顔合わせできる機会を貰えたことに感謝を。とはいえ、色々と警戒しているとは思う。儂も日本本部に会いたいと要望は出していたが、随分警戒されてしまってな。こういう形に相成った。予想より大きな話になったのは謝罪せねばならんな」
「いや、気にしとらんよ。しかしまあ、そうなると引き抜きの話ではない……と?」
「勿論だ。というよりも……フォックスフォンのクランメンバーというわけでもないのだろう?」
「むっ」
そう、確かにイナリはフォックスフォンのクランメンバーではない。イメージキャラ契約はしているが、イナリは今でも公的な書類上ではソロの覚醒者なのだ。この辺り、「フォックスフォンの関係者ではあるがクランメンバーではない」と意図的に認識をかく乱する類のものであり、外部からはその辺は余程詳しく調べなければ分からないはずだが……どうにも、それを理解した上で全員此処にいる、ということであるようだった。
「勿論、だからうちに所属してくれという話ではない。そこは安心してほしい」





