お狐様、世の中の面倒を知る
10大クラン。それは日本において最大勢力を誇る10のクランのことである。彼等自身がそう名乗ったわけではなく、あくまで周囲がそう呼び始めたというだけではあるのだが……自然と彼等自身もそうであることを自覚するようになっていった。
日本で最初に誕生したクランである『富士』。齢70にして未だ現役、ジョブ『ジェネラル』を持つ迫桜院 満がマスターを務めている。
その富士から分離したクラン『天道』。ジョブ『バスターブレイダー』を持つ小林 信二がマスターであり、富士とは非常に仲が悪い。
『ブレイカーズ』はそんな2つの争いに一線を置きたい者たちが立ち上げたクランであり、ジョブ『バーニングランサー』を持つ日野 燃がマスターだ。
クラン『閃光』はジョブ『オーラマスター』となった星崎 樹里がマスターであり、実力主義を掲げたクランだ。厳しいランク分けは野望に燃え自分の実力を信じる若者たちの成り上がりの手段とも言われている。
そしてクラン『ジェネシス』は、ジョブ『アークメイジ』の竹中 洋一がマスターだ。閃光のライバル的関係にあり、閃光と比べると穏やかな、合議制をとっているクランだ。
そしてクラン『武本武士団』。これもかなり古株のクランであったりする。その名の通りサムライ系のジョブが集まっているのだが、和風なジョブであれば誰でも受け入れている、そんな趣味的なクランでありながら10大クランとまで呼ばれるまでに成り上がっている。マスターはジョブ『ショウグン』を持つ武本 秀秋。齢68の剣豪めいた雰囲気を持つ男だ。
クラン『サンライン』はジョブ『聖女』を持つ月山 ミチルがマスターを務めている。ヒーラー系のジョブの最大手とも言われており、その支援能力を目当てに他のジョブも多く加入することで大きくなっている。
対する『ドラゴンアイ』は近距離系の最大手だ。初心者サポートなど非常に真っ当な手段で10大クランと呼ばれるに至っており、マスターでありジョブ『ブラストブレイダー』を持つ千堂 正憲は口は悪いが心は優しいと有名だ。
クラン『魔道連盟』はドラゴンアイとは違い魔法系のジョブを受け入れることで巨大化したクランだ。マスターである、ジョブ『エレメントマスター』の六志麻 朝子は戦闘よりも魔法スキルそのものに興味が強く、ランキングはそれなりであったりする。
クラン『越後商会』は……覚醒者関連の商売で大きくなったが、此処は今お家騒動中だ。
「……と、10大クランはこんな感じですね」
「色々あるんじゃのう。しかし、今まで関わってこんかったが……今更何の用だというのかのう?」
そんなイナリの疑問に、フォックスフォンの代表室でホワイトボードに説明を書いていた赤井が困ったように笑う。イナリの疑問は当然ではあるが、10大クランが今こういう行動に出てきたのも、当然の理由があるのだ。
「まあ、今までは私たちフォックスフォンが壁になっていましたし……そのー……」
「うむ?」
「私たちの戦略も功を奏しまして、狐神さんの世間的イメージは『かわいい狐っ娘』なので……」
「かわいいきつねっこ」
「武本武士団なんかは興味を示してはいたみたいなんですが、『他所に所属の幼子をクランの力で奪い取るようなことはよろしくない』みたいな感じだったらしいです」
「おさなご」
「あとはまあ、私たちが強力なアイテムで支援して実力を底上げしているんだろうと思われることも多く。フォックスフォンのイメージ戦略だと冷笑的な見方をされてたんですね」
そう、10大クランと呼ばれるほどの大手であれば優先すべきことはいくらでもある。「有望な新人」程度は幾らでもその門を叩くし、すでに他と関係があるのならわざわざクランの力を振るって交渉するようなことは「はしたない」と考える。そして、ちょっと有名程度で欲しがるような中小クランはフォックスフォンは充分門前払いできる程度の力を持っている。
「しかし、そこに状況が変わるような事態がありました。以前の都市伝説関連の事件ですね」
特に「利島事件」は、覚醒者協会日本本部が各クランからそれなり以上に優秀な人材を募ったため、その失敗は大きく響いた。そこに第二陣として投入されたイナリのことは自然と10大クランに知られ、その後のトップランカーたちとの共同作戦に投入されたことも知られたのだ。
となれば今まで様子見をしていた10大クランも「改めて経歴を洗い直せ」という話になるわけで……思ったよりとんでもない実力者なんじゃないか、という理解に到ったわけである。
「イメージ操作の限界点といってしまえばそこまでですが……まあ、『かわいい』だけじゃなくて『かわいくて強い』ってことを10大クランが強く認識した、ということですね」
「ふむ。それで儂に会いたいという話は? 赤井はどう考えとるんじゃ?」
「見極めたいんだと思いますよ。その上で態度を決めたいんじゃないかと」
「なるほどのう……」
なんとも人の世は複雑怪奇で面倒だとイナリは思う。しかしまあ……より上を目指そうと躍起になるこの世の中では仕方がないのかもしれない。
「あれやこれやと考えを巡らせて……人の子は色々と大変じゃな」
「まあ、立場が高くなるほど面倒ごとが増えるのはその通りかもしれませんね……」
お茶請けに出された煎餅をかじりながら、イナリは同情するようにホワイトボードを眺めていた。
イナリ「ところでこの煎餅、美味いのう」
赤井「草加煎餅です。歯応えあって美味しいですよね」





