お狐様、現状を知る
拡張ダンジョンについてのシステムメッセージは、日本だけではなく世界中に同時に流れていた。これは各国の覚醒者協会に大きな衝撃を与えたが、ダンジョンが拡張されたことにより期待される新アイテムへの欲求は強く、拡張ダンジョンを探して「今までは放置され気味だったダンジョン」へ覚醒者が多く向かうようになる……といった変化も世界的に出るようになった。
そう、拡張ダンジョンは固定化しつつあった覚醒者の流動化を促し始めたのだ。勿論、難易度が上昇しているのは問題ではあったが、それは些細な変化でしかないというのが現在の見方であった。
「言ってみれば今、覚醒者業界は未曽有の活性化をしています」
「ほー」
ちょっと疲れた表情の安野にたくあんを勧めながら、イナリは頷いてみせる。安野は出されたたくあんをポリッと齧りお茶を飲むと、小さく息を吐く。たくあんの塩気は疲れた身体によく効く……緑茶もホッとする味で、なんとも染みわたっていくのだ。
「まあ、そんなわけで新しいアイテムも出るし新しいジョブも出るし、全国各地で色々と変化が大きくて最近忙しいんですよ。いえ、良いことなんですけども」
「覚醒者の一極集中問題、じゃったか? この前てれびでやっとったのう」
「はい。今のところ東京のダンジョンに変化はないんですが、地方のダンジョンに変化が多く見られるみたいでして。攻略回数に関係があるんじゃないかというのが専門家の今のところの見解らしいですけども」
その理屈だと東京第1ダンジョンも拡張されてると思うんですけど誰もクリアできないからなあ……などと安野は呟いているが、まあイナリは別のことを考えていた。
(世界の保有魔力の上昇に伴う自然現象、じゃったか)
全ての現象には因果関係が存在し、自然現象だというのであればより明確にそれが存在する。今回の場合は「世界の保有魔力」がダンジョンを変化させた。つまり世界の保有魔力とダンジョンは密接な関係にあるということだが……。
「そもそも世界の保有魔力、とは何じゃろうな?」
「え?」
「金、銀に鉄などの金属。そうしたものも世界が保有していると言えるが……世界が魔力を保有する。『人』ではなく『世界』じゃ。つまり、地球が魔力を保有しているということかの?」
「あ、その。世界には当然人類も含まれますからつまり」
「いいや。そうであれば世界人類と言ったじゃろうよ。それをあえて『世界』と言ったということは……そういうことじゃろ?」
しかしこの考察にも穴はある。イナリは基本的には……あの利島などの例外を除けばダンジョンや覚醒者の使うもの以外でそんな魔力などというものを感じたことはない。だがシステムメッセージの言うことが真実であるならば世界は……地球は、魔力を保有している。だとすると、答えは1つしかない。
「だんじょん、じゃな。魔力がだんじょんを作る。拡げる。いや、あるいは……」
システムがダンジョンという形で世界の保有する魔力を管理している可能性すらあるだろうか?
その辺りはイナリは分からないが……安野も難しそうな表情になっていた。実際、有り得ない話ではないと思い始めたのだろう。ダンジョンの正体に関する論争は、世界が今のようになってからずっと行われてきたものだった。
「確かに、そう考えると辻褄があいますが……そうだとすると、ダンジョンの拡張の可能性は無限だという話になりませんか?」
「あるいは、そういう可能性もあるかもしれんのう?」
「うーん……この話、『プロフェッサー』に伝えても?」
「おお、構わんよ」
それでダンジョンの秘密が明かされるというのであれば、イナリにも利益のある話ではある。もしかすると、そこからシステムの正体に迫れるかもしれないのだ。
「と、そういえばですね。狐神さんに10大クランの幾つかからの連名で会談要請が来てましたよ」
「興味ないのう。そういうのは赤井に投げとるはずじゃが」
「はい。赤井さんは圧力とか気にしない方なので問題ないんですが……覚醒者協会そのものに1度会わせてくれって話がきてるみたいでして……」
フォックスフォンはともかく、覚醒者協会日本本部としては、10大クランの幾つかとイナリを天秤にかけさせられるのはなんとも頭の痛い話ではある。
実際、イナリは凄い。凄いし覚醒者協会としては可能な限り便宜を図りたい人材ではあるが、10大クランの安定した数の力はやはり大きい。イナリで全国全ての問題を解決できるわけではない以上、強力なクランの力は必須であり……本当に、もう本気で頭の痛い問題なのだ。
「此方で押さえてはいますけども、もし何かあればすぐに連絡を」
「いや、まあそういう事情なら会おうではないか」
「へ? え、でもですね」
「どうせあれじゃろ? 自分のところに所属しろという話じゃろ? スッパリ断るから一席設けるとええ」
「あ、はい。狐神さんがそう仰っていたとは上司に伝えますね……」
まあ、それが一番早い。早いのだが……それでスッパリ諦めるようなら10大クランなんて呼ばれるような位置には居ないんだよなあ、と。安野は今後の対応を必死で考えていた。
忘れた頃の10大クラン一覧。
『富士』『天道』『ブレイカーズ』『閃光』『ジェネシス』『武本武士団』『サンライン』『ドラゴンアイ』『魔道連盟』『越後商会』
このうち越後商会は絶賛御家騒動中。





