やっぱりオークションは大騒ぎ
その日、覚醒者専用オークションはまた騒ぎになっていた。まあ、当然だ。拡張ダンジョンとやらの登場と、そのクリアのシステムメッセージは記憶に新しい。そこに出てきた、今まで聞いたことのないようなアイテムが覚醒者たちの注目を集めたのは、ある意味で当然であった。
「こ、これは……!」
クラン『閃光』本部。
日本の10大クランに入るそのクランマスター「星崎 樹里」もまた、そのアイテムに驚愕の色を隠せはしなかった。
「銀狼のコート……ですか。私にはよく分かりませんが、凄いんですか?」
「凄いなんてものじゃないわ」
秘書の秋川にそう答えると、樹里は覚醒者協会の記したアイテム説明を読んでいく。
銀狼のコート。物防上昇。敏捷上昇。新月の夜に自己修復効果。「新月のペンダント」とセット装備時、「新月人狼」に一定時間変身可能。総合評価……上級下位。
「新月のペンダントとかいうアイテムは分からないけど、このコート単体の能力だけでも前衛なら欲しい奴は幾らでもいるわ」
それにもし新月のペンダントとやらを手に入れたのであれば、ボスモンスターの力が手に入る。人狼系のモンスターはその素早さが特徴だが、「新月人狼」とやらはその系統のボスだ……恐らくはとんでもない素早さが手に入る。手に入らなくとも、自己修復効果のある防具はそれだけで評価が高い。
「ですが、マスターはオーラマスターですよね? オーラがあれば自己強化はお手の物では」
そう、ジョブ「オーラマスター」になった樹里は「オーラ」と呼ばれる特殊な力を身に着けるに至っていた。魔力を使用し自己強化、武器、防具の強化……そしてオーラを攻撃や防御、自己回復に転用したスキルまで使用可能な、一言で言うと「何でもできる」ジョブだ。
オーラマスターになったことで樹里の戦闘力は信じられないほどに上昇しており、「聖騎士」を近いうちにランキングで超える自信すら今の樹里にはあった。
だからこそ、自分を強化できる手段に樹里は今まで以上に貪欲だった。しかし、そんな樹里に『閃光』の面々はついてこれていない。現状に満足しているからだ。
秘書の秋川でさえも、樹里の心境を理解できていないのだからまあ、無理もないことだろう。逆に言えば、ここ最近の変化速度が急激に速くなってきたようにすら感じているのだ。
「オーラは確かに強い。でも……頼り切ればガス欠も早い力よ。この銀狼のコートは、それを解決する手段の1つに成り得るわ」
もっとも、このコートを欲しがっているのは樹里だけではない。何しろ上級下位だ……普通であればオークションには絶対に出てこないレベルの装備だ。こんなものを流すのは誰なのか? 考えて、樹里はフッと笑う。決まっている。こんなものを流すのは、たぶん有名なあの少女だろう。
「秋川。このオークションには私の個人資産を注ぎ込むわ」
「は、はい! すぐに伝えます! 限度額は……」
「10億残して全部使っていいわ」
「分かりました!」
バタバタと走っていく秋川を見送ると、樹里は席を立ちクランマスター室から見える東京の光景を眺める。
東京。日本中のクランが此処に本部を構えることを夢見て、覚醒者もまた此処に集まってくる。文字通り日本の中心地であり、そんな場所に本部としてビルを建てている樹里とクラン『閃光』は明らかに勝ち組だ。
しかし……10大クランなどといっても「日本の」という言葉がつく。世界を見渡せば『閃光』はどのくらいの位置にいるか分かったものではないが、それでも樹里は構わなかった。この安定が永遠だと信じていたからだ。
しかし、その10大クランであった『越後商会』のクランマスターの死去と、それに伴うお家騒動で『越後商会』が崩壊したのを皮切りに、各クランが自分こそが新たな10大クランの1つであると名乗りを上げるようになってきた。
他のクランがどう思っているかは知らないが……樹里はそんな動きすらも時代から遅れているような、そんな気がするのだ。
「……次なる新世代覚醒者も出てきてる。変化の予兆はあったということよね」
樹里のデスクにある新聞には「新ジョブ『飛行士』登場!」といった見出しが躍っている。他の10大ギルドは新世代覚醒者の発見と誘い込みに躍起になっているようだが、以前と同じなら今回の新世代覚醒者もまた、一定の数が出てくるはずだ。そんな慌てる話でもない。いや、慌てるべき話はもっと他にあると言うべきだろうか?
「マスター、ただいま戻りました。オークションの方ですが、やはり凄い速度で……」
「ねえ、秋川」
「はい? なんでしょう?」
「そろそろ限界だと思わない?」
「あの、申し訳ありません。何の話だか……」
「狐神イナリよ」
一般に広く公開されている情報ではないが、一定以上の影響力を持つ覚醒者にはイナリ関連の話は伝えられている。
神の如きもの。未だ詳細不明のその事件にイナリが関わり解決してきた……という話をだ。勿論それを一笑に付した者も多い。しかし、樹里はそんな連中とは違っていた。「そういうこともあるかもしれない」と、そう感じていたからだ。そして戯言だと思っていた連中も、拡張ダンジョンの攻略者に気付けば考えを変える者も出てくるだろう。そうなれば……覚醒者協会が止めていた話が、また動き出す。それも、前回よりも大きく……激しく、だ。
「出身不明のエース。それ自体は珍しい話でもないわ。かつての時代の戸籍なんてほぼ消失してるんだから。問題は……それが今の時代の変化の荒波で、気楽に波乗りを楽しんでることよ」
恐らく狐神イナリは多くの人間が思っている以上に強い。そして名誉欲といったものが非常に薄い。樹里はそう感じていた。今はフォックスフォンの庇護下にいると聞いたが……。
「遠からず誰もが価値に気付くわ。そうなる前に……動きたいわね」
具体的に樹里が何を考えているのかは、秋川には想像できない。しかし、恐らく正しいことであるのだろうと……そんな信頼だけは、あったのだ。
秋川「ところでウッドゴーレムの兜はどうされますか?」
樹里「どうでもいいわ。戦略チームに判断させなさい」





