アツアゲのヒミツ
長野第2ダンジョン、ゲート前。暇そうにしていた職員の1人が、近くに居た別の職員に話しかける。まあ、実際暇なのだ……ただでさえあまり人が来ないのに、今日は大規模攻略の日で貸し切りだからだ。
「なあ、さっき入ってった子たち……大丈夫だと思うか?」
「ああ、『緑風』のサポートで来た子たちだろ? 全員可愛かったよなあ」
「いや、そうじゃなくてよ」
「分かってるよ。たった6人で挑むってことは相当手練れなんだろうけど……そうなると、完全攻略狙いじゃないか?」
「エースってことか」
「ああ。とはいえ此処のボスはウッドゴーレムだ。まあ早くて今日の夜……」
そう言いかけている間にも転送場所が光り始め、職員たちは「ええっ⁉」と驚愕の声をあげる。そこにはイナリたちが確かにいて……行きには居なかった積み木ゴーレムまでいる。しかも積み木ゴーレムの手にあるものと、イナリの手にあるもの。それは……。
「ほ、報酬ボックスが2つ!? って、なんだ!?」
「システムメッセージが……!?」
それは職員たちに、そしてイナリたちに……いや、世界の全員に発信されたメッセージだった。
―世界初の『拡張ダンジョン』が出現、クリアされました―
―拡張ダンジョン、ダンジョン拡張は世界の保有魔力の上昇に伴う自然現象です―
―今後、既存のダンジョンの拡張も順次始まっていく見込みです―
「か、拡張ダンジョン……? えっ⁉」
職員たちの目の前でイナリたちの報酬ボックスが消え、コミカルな模様の包装紙の報酬ボックスが現れる。片方は銀色の狼の顔のようなものがプリントされたもの、もう片方は……ウッドゴーレムだろうか? そんな感じのものがプリントされている。
「と、特殊ボックス……え、こういう場合どうするんだっけ?」
「馬鹿、写真だよ写真! すみません、ちょっと撮影させていただいても!?」
「うむ」
そうして報酬ボックスの写真が撮影されると、鑑定担当もやってきて全員で手に入れたものを並べ始める。とはいえ、魔石に低品質の武具類、それと新月人狼からドロップした黒い円盤のようなものがついたペンダント。そしてウッドゴーレムからドロップした木製の鎧だった。
「この鎧は……ウッドゴーレムアーマーですね。セット装備ですが、良いものですよ。こちらのペンダントは……えっ。ええ!?」
そんな鑑定結果を余所に、イナリとアツアゲは報酬箱を開け始める。その音を聞いてエリも振り返るが、出てきたものにエリが「おおー」と声をあげる。
「なんかカッコいいコートですね。そっちは……兜?」
「ふむ。まあ……要らんのう」
兜のほうは何やら木製の兜で、コートは例の新月人狼に良く似た銀狼の毛皮をそのままコートに仕立てたかのような、そんなデザインのものだ。鑑定するまでもなくイナリが「必要ない」と判断できるデザインであった。
「鑑定させていただいても?」
「うむ」
「では……はい、兜はウッドゴーレムの兜ですね。コートは……ゴホッ!?」
「ぬお!? ど、どうしたんじゃ!?」
「い、いえ。失礼しました。そちらは『銀狼のコート』ですね……その、性能がですね」
「あ、うむ。どちらもおーくしょんに出しとくれ」
「え!? し、しかし。性能が凄いですよ!?」
「着ないものは要らんのう……」
「わ、分かりました」
報酬箱はイナリのものと決まっている以上、そこに躊躇いは一切なかった。
「い、いいんですか?」
「いいんじゃよ。儂、狼の被り物なんぞせんし」
「ああ、狐ですもんねえ……」
兜もイナリの狐耳の生えた頭には合わないだろうな、とエリは変な納得をしてしまう。まあ、その辺りはイナリの自由にすべきことである以上、エリはそれ以上言う気は一切ない。
「よーし、じゃあそっちの物品は『使用人被服工房』まで送付お願いします」
「はい、承りました」
「では報告……えーと、すみません。『緑風』のマスターはどちらに?」
「お店のほうで緊急の事態があったようでして。まあ、流石にこんなに早く終わるとも思っておりませんでしたし……」
フォローする職員にエリも「ですよねー」と頷いてしまう。正直イナリがいたから凄い速い速度で攻略できたが、いなければまだダンジョンの中に居たはずだ。
(前にも見ましたけど……凄い強いんですよね……)
ハッキリ言って、エリから見ればイナリは常識を超えて強い。イナリのジョブが狐巫女であることも知っているし戦い方も何度か見ているが、それでもイナリの底が見えない。あの「新月人狼」だって、エリが相手していればカウンターセイバーだって初見で見切られていたかもしれない。シズナだったら素早さで対抗できたかもしれないが……どうだろうか。それでも無傷ではなかっただろう。
それに、アツアゲもだ。積み木ゴーレムであることは知っているが、こうして見ると……。
「……あの、イナリさん」
「む?」
「前に見たときとアツアゲのサイズが違う気がするんですけど」
そう、今のアツアゲはイナリよりは流石に小さいが、それでも犬くらいの大きさはある。しかしイナリの家や使用人被服工房で見たアツアゲは、もっと小さくて可愛い代物だったはずだ。先程巨大化していたのも見てはいたが……。
「うむ。本来のサイズは『こう』なんじゃがな」
イナリがアツアゲに視線を向けると、アツアゲがその場で小さくなっていく。そのサイズは、いつもエリが見ているものだ。かと思えば、アツアゲが再び大きくなっていく。測れば丁度50cmくらいだろう。
「何やら普段でも、このサイズまでは大きくなれるようでのう」
いわばアツアゲの戦闘フォームというべきものだろうか。あるいはエリが見ているミニサイズのアツアゲがマスコットフォームなのか。そのどちらが真実であるかはアツアゲは「ビーム」しか喋らないので分からないが……長野第2ダンジョンの攻略は、こうして終了したのであった。
イナリ「そういや儂のぺっとになったときは……大きいほうだったような気がするのう?」
アツアゲ(踊っている)





