お狐様、長野第2ダンジョンに挑む4
走る。アツアゲは走る。ウッドゴーレムの巨体は、およそ10mほど。見上げるほどに大きい、巨体と言っていい。木々をなぎ倒すように歩くその姿は、それだけで脅威だ。木製でありながら、その重量感は凄まじく……金属を纏っているからと迂闊に近づけば、その覚醒者はアッサリ踏み潰されそうな、そんな威容であった。
恐らく通常であれば遠距離ディーラーをどう守るか、のような戦い方が重要になってくるのだろう。しかしアツアゲにはそんなものは関係ない。2つのダイスの結果次第でどう戦うか決まるからだ。虚空から現れた2つのダイスが、勢いよく回転を始めていく。
『エマージェンシー、エマージェンシー。積み木ゴーレム、出撃準備開始。マスターとのリンクスタートします』
そんな謎の放送が響き渡ると同時に2つのダイスが輝き、その場に静止する。それは、埼玉第3ダンジョンのときとは違う挙動だ。そして……示された、そのダイスの目は。
『2、4! 8! 8倍! 8倍!』
精々50センチほどの玩具のような大きさだったアツアゲ。しかしそれが8倍でおよそ4メートル。10mのウッドゴーレムと比べれば半分以下の大きさのアツアゲはウッドゴーレムと組みあい、その身長差で上から押し込まれるような態勢になる。
普通であれば、そのまま力負けして終わりだろう。しかしアツアゲはウッドゴーレムではない。
「ビーム」
「コオオオオ!?」
アツアゲの放ったビームがウッドゴーレムを押し返し、その巨体が吹っ飛ばされ地響きと共に倒れる。その隙に跳んだアツアゲが思い切り空中から踏み潰すべく襲い掛かるが、ウッドゴーレムがその足を掴んでアツアゲを投げ飛ばす。そんなプロレスの如き戦いだが……イナリたちはそれを見ている暇はない。銀の人狼とイナリが斬り合い、エリたちが他の人狼と戦う。自然と決まったこの振り分けは順調に機能していた。
「カウンターセイバー!」
「ギャンッ!?」
「フレイムアロー!」
エリの周囲に現れた回転する光の刃の群れが迂闊に近づいた人狼を切り裂き、そこにリリカの魔法がトドメを刺す。シズナとジェーンはエリを無視してメイやリリカを狙う人狼の相手をして、メイはヒールでエリたちの傷を癒していく。
(うむ。あちらは心配なさそうじゃな)
銀の人狼と斬り合いながら、イナリはそう安心する。メイド隊の面々は連携が上手く、隙が無い。決定力のある技はシズナが担当のようだが、それを含めて良いチームだ。恐らくは、この銀の人狼相手でも戦えるはずだ、が……。
「がウウウウッ!」
「ぬっ!」
銀の人狼がイナリの視界から消え、背後から背中を切り裂く一撃を繰り出す……が、巫女服に弾かれ回転するイナリの刀の一撃を素早く回避する。そう、イナリは銀の人狼に明らかに速度で負けていた。銀の人狼の攻撃もイナリに一切通じていないので今のところ問題は無いが、有効打を与えられないのは問題だ。
「さてさて……困ったのう。儂ではどうにも、お主の動きについていけぬ」
「ウウウウウ……ガウッ!」
「せいやあっ!」
銀の人狼の姿が掻き消え、イナリは眼前に現れた銀の人狼へ刀を振り下ろして。しかし銀の人狼はそれを凄まじい速度で回避しイナリの腕へと食らいつく。爪が通じぬとみて腕を噛みちぎる方針へと変えたということだろうか。確かにその力は、金属鎧で武装した覚醒者の腕を噛みちぎるに充分すぎる力であっただろう。
けれど、そう、けれど。イナリの守りを突破し腕を食いちぎるには、どうやら力が足りない。そして……今のイナリは、そう思うだけで相手を投げる理不尽なスキルを体得している。
「そ……ぉれい!」
「ギャン!?」
狐神流合気術。どんな体勢からでも相手を投げるスキルであるそれは、投げようと思った時点ですでに投げている。だからこそ銀の人狼は、自分がどうしてそうなったかも分からないままに地面に叩きつけられる。そして、突きつけられた指は死刑宣告に等しい。
「これで終いじゃ」
銀の人狼が素早く跳ね起きるよりも先に放たれた狐火は銀の人狼を地面へと再び叩きつけて。そのまま連射される狐火の連撃はまるでリング際に追い詰める怒涛のラッシュの如くで。
「ビーム」
「コオオオオオオ!?」
銀の人狼が消滅し、他の人狼たちがメイド隊によって全滅する頃には、アツアゲのビームがウッドゴーレムにトドメを刺していた。ビームでの力押しの結末にアツアゲは不満そうではあったが、勝ちは勝ちだ。そして流れてくるのはダンジョンクリアのメッセージ。
―【ボス】ウッドゴーレム討伐完了!―
―【ボス】銀月人狼討伐完了!―
―ダンジョンクリア完了!―
―報酬ボックスを手に入れました!―
―ダンジョンリセットの為、生存者を全員排出します―
「ボスが……2体……?」
エリの困惑した声も当然だろう。1つのダンジョンにボスは1体。レアモンスターの類は居ても、ボスは2体存在したりはしない。なのに、システムはボスが2体いたと明示した。それがどういうことなのか分からないまま……イナリたちは、ダンジョンの外へ転送されていった。





