お狐様、長野第2ダンジョンに挑む3
イナリの焼き討ちによりウッドマンを徹底的に焼いた後の村で魔石を拾い終わると、リリカがサッと手を上げる。
「はい、リリカ」
「今ので森に火を放ったら楽な気がしまーす!」
「ん? やるかの?」
「イナリさん、ストップ。リリカの意見は却下です!」
「えー」
リリカが不満そうな声をあげるが、エリとしては当然すぎる理由があるのだ。
「確かにイナリさんなら出来るのかもしれないし、ちょっとそうしたい気持ちもあります、けど!」
「けど?」
「……それやったら私たち、報告書に『イナリさんが1人でやってくれました』って書くんですけど。そう書きたい人は手ぇ上げて?」
エリが言うと、メイド隊全員がサッと視線を逸らす。確かにマズい。そう気づいたのだ。イナリが凄い。それはいい。なんかもう凄すぎて「すごい」しかコメントが出てこないからだ。しかし「イナリが凄くて1人で全部やりました」は如何にも拙い。具体的には貢献度という点で査定に影響がある。それが全員に伝わったのを確認すると、エリは頷く。
「そう、このままでは私たちはイナリさんに全部やらせた駄メイド! 軽井沢まで来て報告書がそんなのでいいんですか!? 私は嫌です。ちゃんと成果出しましたって書きたいしイナリさんに良いとこ見せたいです!」
「それは確かに……!」
「なら、やるしかないですよね!」
「フフッ、こんなところでエリに教えられるなんて」
「やりましょう。私たちだって使用人被服工房の一員なんですから!」
「皆……!」
感極まったように抱き合うエリたちをイナリはよく分からないけど良い雰囲気なので見守っていたが……まあ、よく分からないので黙っていた。
(よう分からんが……色々大変なんじゃのう)
「イナリさん、イナリさん」
「む?」
何やら抱き合ったままのエリに手招きされてイナリが近づいていくと、1人分のスペースがサッと空いてイナリもぎゅっと抱きしめられる。
「えーっと……何かのう、これは」
「いい雰囲気にイナリさんを混ぜないのはよくないな、と思いまして。チームワーク的に」
「そうじゃったかー……」
さておいて。改めて陣形を組みなおし、イナリたちは森の中を進んでいく。
「右上、ウッドマン1、降下中!」
「フレイムアロー!」
木の上のほうにいたウッドマンがナイフを手に落下してくるのをジェーンが見つけ、リリカの炎の矢がウッドマンを迎撃し燃やし尽くす。
「ココココココ!」
「ココココッココ!」
「コカカカカカカ!」
「シズナ!」
「任せて……! 桜花散風!」
エリの合図でシズナが飛びだし、前方から走ってくるウッドマンへ向かいスキルを放つ。まるで桜の花が舞い散るような幻影と共に無数の斬撃がウッドマンたちを微塵に切り裂き、魔石がその場に散らばっていく。
「おおー……確かにこれは中々のものじゃ」
以前の都市伝説関連の諸々でトップランカーと呼ばれる者たちの実力もイナリは目の当たりにしたが、イナリの見る限りでは少なくともそこまで隔絶した差があるようには思えない。思えないが……紫苑を含め、トップランカーたちには幾つか見せていない隠し玉があるようには思えた。特に月子は「何か」を持っていそうだったが……まあ、差があるとすればその辺りだろうか?
ともかく、何の問題もなくウッドマンたちを撃破しながら探索していくと、再び村のような場所に出る。しかし、先程と明らかに違う点が1つ。それは……この「村」は建物が崩れ、完全な廃墟になっているという点だった。
「ジェーン、地図は?」
「オートマッピングで記録してたけど、最初のとは違う場所」
「誰か、村が2つあるって話は……?」
「聞いてないでーす」
「事前に別口で情報は確認したけど、そんな話はなかったはずだけど」
リリカとシズナの言う通り「村が2つある」などという話は聞いていないし、そんな情報は確認できていない。なら、これは何だというのか?
「……全周警戒。イナリさん、最後尾をお願いします」
「承った」
何か違う。それは明確な危険信号だ。そこで何も思わないような覚醒者は、早々にダンジョンで死ぬ。だからこそエリたちは最大限の警戒を周囲に向けて「何かおかしなところがないか」を確認していく。
そうして……エリは森の中から飛び出してきたモノに気付き盾を構える。それは、エリの盾へと爪を振るい、しかし当然のように弾かれ距離をとると、そのままジャンプするように突っ込んでくる。
「フォースシールド!」
「ギャンッ!?」
光の壁に弾かれたそれは、狼の頭部を持つ男……人狼だ。少なくともこのダンジョンでは報告されたことがないはずのそれが「アオオオオオオオン!」と遠吠えをあげると周囲から人狼たちが、そして一際大きな……銀色の毛を持つ人狼が現れる。
「ボス……? でも、此処のボスって」
「ウッドゴーレム」
「ですよね。てことはレアモンスター?」
「そもそも人狼が出るって話は聞いてないですけどー!?」
距離を詰めてくる人狼たち。この予想外の状況に、エリたちが対処法を考えるより先に。地響きと共に少し離れた場所に巨大な人型が現れる。それはウッドゴーレム。このダンジョンのボスだが……エリたちの場所が分かっているというかのように向かってきて。
「アツアゲ、すまんが行ってきてくれるかの?」
イナリの服の中からアツアゲが飛びだして、ウッドゴーレムへ向かい走り出した。





