お狐様、軽井沢に行く
軽井沢への道程には歴史がある。初期は、車で山を登っていくルートだった。これはそれなりに時間がかかり、途中にある道の駅などが隆盛を迎えた。その後電車や新幹線、高速道路などの整備によりこれ等は1度消え去ってしまった。そして、電車というものがなくなってしまった今……高速道路だけでなく、山道のルートも復活していた。使用人被服工房とイナリを載せた車の進む道もまたこの山道であり、途中に復活した道の駅での休憩を挟みながら進んで……運転はイナリを除いたメイド隊での交代制であったが、さておいて。そうして夜から出発し次の日の朝に軽井沢に到着すると、イナリ以外の全員がなんとも微妙な表情になっていた。
「身体痛いです……」
「高速道路が通行止めになってなければ……」
そう、高速道路も地面に接しているせいなのかダンジョンが発生する確率はゼロではない。ないが、どうにもダンジョンが発生し……幸いにも臨時ダンジョンだったようだが、使用人被服工房の面々は安全の確保されている山道を進む羽目になったのである。ちなみに万が一にでも固定ダンジョンが発生した場合にはかなりとんでもないことになるようだが、今のところはそんな事態にはなっていないようだ。
さておいて、軽井沢の清涼な朝の空気を受けて各自が柔軟体操を始めていた。そんな中でイナリは車の停まっている場所をきょろきょろと見回す。
「……のう、エリや」
「はい、なんでしょうイナリさん?」
「此処なんじゃが、もしかして」
「はい、ご想像の通りです。此方、かつての時代にとある国で総領事を勤めていた方が軽井沢に永住することを選んだ際に建てられたものでして、現在はメイドや執事の育成機関として稼働している……という感じの設定でやってる、使用人被服工房の保養所です!」
「その設定で保養できるんかのう」
「出来ます! 何故なら此処に泊るとき、なんかこう本邸からやってきて、おもてなしのレベルを確かめる上級メイド的な設定になっておりますので!」
「普通にやればよいのでは……?」
「休みたい。でもメイドや執事でありたいというギリギリの線を攻めた結果らしいです」
なんかイナリには理解できないことになっているが、此処は使用人被服工房の軽井沢保養所である。使用人被服工房も企業でありクランである以上は福利厚生を提供する必要があり、そういうところにも手を抜かないのが使用人被服工房であった。
具体的に言うと設定に相応しく貴族邸宅風に仕立て上げられたお屋敷は門を抜けた先の中庭から綺麗に整えられており、一歩屋敷の中に入れば美しい調度品が並んでいる。
まるで文化財の中にでも入ったかのような光景だが、全部今の技術でそれっぽく作られたものであったりする。しかし、まだ中には入っていないのでイナリにはそれがどういうものかはエリに見せられた写真でしか知らないのだが。
「あ、ちなみに先日、呉崎のほうからもお話しましたけど……今日はイナリさんがお嬢様って感じの設定になってますのでよろしくお願いしますねお嬢様♪」
「よろしくお願いしますお嬢様!」
「うーむ。まあ、ええんじゃがのう……」
理解できない世界を体感しながらイナリは頷く。そう、今日はエリの他にもリリカ、シズナ、メイ、ジェーンのメイド隊の面々が揃っている。ジョブはエリが魔法タンクの「マジックフォートレス」リリカが魔法ディーラーの「マジシャン」、シズナが物理ディーラーの「サムライマスター」、メイがヒーラーの「プリースト」、ジェーンが物理ディーラー兼斥候の「シャドウシーフ」と、かなりバランスが良いチームであったりする。
「本当は執事も1人連れて来たかったんですけど、女の子の中に混ざるのって結構辛いらしいですからね……そんな苦行を課すのは可哀想ということに……」
「セバスチャンさんがいれば解決だったんですけどね」
「あの人今、横浜のほうにヘルプに行ってるから……」
滝川セバスチャン。使用人被服工房の執事長である人物のことを思い出しながらイナリも「そうかものう」と頷く。しかしまあ、手が空いていないものは仕方がない。
「はい! というわけでお会いするのが結構お久しぶりな気もしますので改めて自己紹介いきます!」
エリがサッと手をあげれば、5人が一気に横並びになって次々ポーズを決めていく。
「リーダー、エリ! 頼れるタンク、マジックフォートレスです!」
「マジシャン、リリカ! 魔法攻撃ならお任せでーっす!」
「サムライマスター、シズナ。斬れないものはあんまりないです」
「プリースト、メイ。ちょっとしたお怪我なら即回復です!」
「シャドウシーフ、ジェーン! 索敵、罠に宝箱。全部お任せ!」
前に見たときは分からなかったが、変化していくポーズを見てイナリは思う。「あ、これはアツアゲが見とるやつじゃなー……」と。
「5人揃って! 使用人被服工房、メイド隊! よろしくお願いしますねお嬢様!」
「う、うむ。イナリじゃ。改めてよろしくのう」
イナリの服から出てきたアツアゲが拍手をしていたが、どうにもお気に召したようだ。パチパチという音はどういう仕組みで出ているのかは不明だけれども。
「あ、そろそろ時間ですね」
「丁度いいですね。ではお嬢様、参りましょう」
出来るメイドのオーラを出し始めたエリたちに導かれ、イナリは屋敷……もとい保養所の中へと向かっていく。そうして開かれた扉の先には、メイドと執事が勢揃いしていたのだった。