お狐様、オークションにどうにも興味がない
その日、覚醒者専用オークションに出品されたのは1つのアイテムだった。それは一振りの刀であり、この時点で何人かは自分が使うことを諦めた。そう、刀とは主に「サムライ」などのジョブが使う武器だ。取り扱いが特殊であり、普通の剣を使った方が早いという面が多々あるからだ。実際にマニアックな武器種の1つとして刀は存在しており、しかし一定の人気はいつもある武器であった。
「え、凄い。欲しい……」
一条静奈。使用人被服工房の1人「シズナ」である少女は、自宅のパソコン前で思わずそんな言葉を漏らす。サムライマスターというジョブである静奈は、刀を好んで使う。マニアックな武器種というものは必ず適正ジョブが存在し、刀の場合はサムライ系統がそうであり、良い刀はいつでも静奈は探している。そこに出品されたのが、今回の武器だ。
「妖刀・黒笹……? 凄い。中級中位……!? 間違いなくランカー級の武器……!」
世の中にある「一線級」……手に入れれば何処に行ってもやっていけると言われる武器の、更に上のランク。そんなものに認定されているだけでも凄いのに、静奈を驚かせたのは、その能力だった。
闇属性の魔力付与。それはつまり、本人の魔力の素養関係なしに「魔法の力を持った攻撃」を繰り出せるということだ。実際にはこの手の武器は物理攻撃力に一定の魔法攻撃力を加える……といったものではある。
たとえば、普通の剣を振れば物理攻撃で、魔法を放てば魔法攻撃。そして普通の剣に何らかのスキルなどで魔法の属性を加えた場合、それは元々の物理攻撃に、付与された魔法の威力を加えたものとなる。「変化」ではなく「足し算」だということだ。
そして妖刀・黒笹の場合は元から闇属性の魔力が付与されている……魔力を使わずとも一定威力の魔法攻撃というプラスダメージが、常に約束されているということだ。それは戦闘の幅が思った以上に広がるということであり、何をしてでも欲しい逸品だ。
「現在の価格は……えっ、1億……?」
まだ開始5分なのに、目まぐるしく価格が上がっている。中級中位というランクはそれだけの価値があるし、この黒笹は美しい。恐らく美術品としても相応の価値がある。つまり……カッコいいのだ。それだけで欲しがる者は大勢いる。ランカー入りを目指す者であれば尚更だ。多少マニアックな武器であっても使いこなしてやるという者は大勢いる。そしてそんな者は大抵、いざというときのチャンスのために金を溜め込んでいるのだ。
「あっ、もう1億4000万!? うそ、どこまで上がるの? えっ、今幾らあったっけ……」
実のところ、静奈はランカーの1人である。それなりに金は溜め込んでいるし、けれど武具の整備でいつもそれなりにお金は飛んでいく。特に刀のようなマニアックな武器であれば尚更だ。この黒笹を買ったところで、整備費はたぶんとんでもない額がかかるしモノがモノであるから下手なところには任せられない。つまりお金はもっともっと飛んでいく。
けれど、欲しい。物凄く欲しい。この刀を思う存分振ってみたい。そう考えると、静奈はそわそわしてしまう。
(駄目。これを買ったら今月すごいことになる……! だから入札したら駄目。落ち着きなさい私! メイドの鉄の意思よ、今こそ……!)
素早いタイピングで入札金額を入れ、入札。2億1111万。
「あー! やっちゃった……あ、3億の入札入ってる……こ、この!」
こういうオークションの怖いところは、熱が入るとつい入札合戦をしてしまうところである。勿論オークション自体は健全なシステムであり、正しく使う限りは需要と供給を繋ぐ素晴らしいものである。さておいて。
どうやら黒笹を欲しい人間は結構いるらしく、静奈は入札額を見守っていく。3億1000万、3億5000万、4億……まだ上がる。
「……よし、諦めよう。流石に無理……」
もう最終落札価格が幾らになるか……まあ、5億はいくだろう。どちらにせよ、静奈にはもうどうにもできない世界の話である。未練はあるが、お金が絶望的に足りていない。もう忘れてお風呂にでも入って寝ようと考えて……静奈はそこで1つの疑問に行き当たる。
「そういえばこれ出品したの、誰……?」
こんな凄いものが突然湧いて出てきたはずもない。覚醒者専用オークションは全て1度覚醒者協会に納品されてからの出品となるので、出品者から辿る……といったようなことは出来ないのだが、つまり「現物」は間違いなく存在している。
しかし、それを出品するということは、こんな凄いものを「要らない」と思える程度には装備が整っているということで。こんなものが出るようなダンジョンに潜っているということでもある。ドロップ品か、あるいは報酬箱か……報酬箱だとしたら銀か、それとも金か。銅の可能性もわずかながらあるだろうか?
分からない。分からないけれど、唯一分かることはある。
「凄い人なんでしょうねえ。ランク何位かなあ……私もそうなりたい……」
未だ届かぬセレブな世界。世間一般から見れば充分勝ち組な静奈は、上には上がいるということを改めて思い知っていた。まあ、そのまだ見ぬセレブが嬉しそうにふりかけご飯を今日も食べているとは、想像もしていないだろうけども。