お狐様、お家でゆったり過ごす
「と、いうわけでのう。これがその時に買った饅頭じゃ」
「いいなあ」
「これはヒカルのじゃぞ?」
「饅頭の話じゃなくてよ」
「あんみつの話じゃったか」
「お出かけの話だよ」
翌日。イナリの家に遊びに来たヒカルに饅頭を一箱渡すと、ヒカルは床に転がりながら本当に羨ましそうに声をあげる。
「ならば今度何処かに行くかの?」
「そういうわけにもいかねえだろ。アタシ、ただでさえ顔売れてるし。イナリも顔売れてんだろ。何処行っても注目の的だぞ」
「そうは言うがのう。儂に色々お出かけの際の作法も教えてくれたし、出来るんじゃろ?」
「アタシが猫被るの疲れる。イナリと一緒のときにまでそんなことしたくねえ」
「ふうむ」
確かにヒカルはライオン通信のイメージキャラとして「かわいい」キャラを演じている。プライベートだからといつもの性格を出すわけにはいかないのだ。アイドル的存在だからこそ外面を完璧にしなければいけないわけで、外食時にもイメージ通りのものを食べている。別にそういう可愛いものが嫌いなわけではないから、そこに文句はないが……ヒカルだってプライベートでは気楽にしていたいし、そういう理由でプライベート保護の機能が強いイナリの新居に来てゴロゴロしている事情もある。
「あまり辛いようなら、元の性格でいくことを打診するのはどうかのう?」
「一応、そういうのも検討中。もっと強さをアピールするのはどうかってな」
「強さ、のう」
「フォックスフォンがタフさをアピールしてるだろ? 最近何かと物騒だし、どんなときにも頼れる多機能、いざというときの強さ……みたいな? そんな方向性を考えてるらしくてさ。そうするとイメージキャラも変えどきって話は出たんだけど」
しかしながらヒカルはライオン通信の代表が自ら見つけてきたお気に入り。ならば変えるよりも「生まれ変わったライオン通信」として元の性格を活かしイメージ変更の象徴みたいにするのが良い……といった話になったらしい。
「ま、イメージキャラなんかそういう契約だけの身ではあるけどよ。これを機にライオン通信の正式なクラン員としてやっていかないかって話もあるんだぜ」
「なるほどのう」
元々覚醒企業のイメージキャラは他から引っ張ってきた者が多い。人気の覚醒者などは複数の覚醒企業のイメージキャラを務めることがあるほどであり、実際イナリにもそういう話は結構来ている。それを赤井が「マネージメント契約もしているから」ということで壁になり選別してくれているのである。
そして1つの企業のイメージキャラのみを長く務めた覚醒者の場合、それを縁としてクランに引き込むことも珍しい話ではないのだ。
「イナリはその辺どうなんだ?」
「まあ、儂は風除けとしていめえじきゃらをやっておるからのう」
「そういうアレかー……」
「そういうアレじゃ」
イナリの服から出てきたアツアゲを寝転がったまま捕まえると、ヒカルは持ち上げてじーっと見る。
アツアゲ。積み木ゴーレム。イナリが埼玉第3ダンジョンで「ペットモンスター」であるアツアゲを手に入れてから、ペットモンスター探しをする覚醒者は物凄く増えた。最近ゴブリンをペットに出来た人が増えてきたり、ウルフをペットに出来たという覚醒者も出始めた。報酬箱に混ざり始めた「ペットモンスター」は、出来る覚醒者の象徴の1つになりつつある。しかし今のところアツアゲのようなボスモンスターのペット報告はない。
「そもそもさー。こいつって男なの? 女なの?」
「モンスターとはいえ、玩具に性別はあるんかのう……」
「あるんじゃね? 意思もあるんだし」
「ではまさか、ごっどきんぐだむにも性別が……?」
「ゴッド……ああ、あのロボアニメの? 見てんの?」
「アツアゲが大好きじゃからのう。一緒に見とるんじゃが」
「お前……」
なんだこのやろう、とばかりに足をシュッシュッと動かすアツアゲを床に戻すと、アツアゲはテレビをピッとつける。何やらお昼のバラエティ番組が始まったようで、食い入るように見ている。
「……イナリより現代に馴染んでるよな」
「否定できんのう……そういえば最近アツアゲがごっどきんぐだむの玩具のこまーさるが始まると、儂をチラチラ見るんじゃが……買ってあげたほうがええのかのう?」
「アタシ、あいつがゴッドキングダムの玩具と合体始めたら怖いんだけど、その辺どうなの?」
「どうなんじゃ、アツアゲ?」
イナリが聞くとアツアゲはテーブルの上でクルリと華麗に回転してみせる。どういう意味なのかは分からない。
「うむ……誠意は感じた気がしたのう」
「そうかなあ……」
ヒカルとしては微妙な気もするのだが、まあ本当にアツアゲがゴッドキングダムの玩具と合体してゴッドアツアゲになったところで今更という気がしないでもない。元々積み木ゴーレムは合体ロボみたいなものなのだし。分離状態で動くと聞いたことはないけども。
―さて! では本日の『流行最前線』のコーナーは、人気が止まらない狐ブーム、その最前線を調査します!―
「……だってさ?」
「なんとまあ……」
自分のことではない、と言えるほどイナリは現実逃避の出来る性格ではなくて。
―イナリちゃん超かわいいでーす!―
コマーシャルに入る前の、そんな切り抜きシーンに何も言えずにお茶を一口飲んでいた。