お狐様、紫苑と遊びに行く2
ちなみにあんみつとは何か。餡蜜と書くように、餡子と蜜が入っているが……分量的に見ると、四角い賽の目の形に切った寒天が主役であるようにも思える。そこに赤えんどう豆が入り、赤や緑のお餅のような求肥、そして干し杏子が入り、ここに餡子を乗せ、蜜を別添えにするのがおおよそ一般的な形だ。しかし仁命堂の特製あんみつは更にみかんにさくらんぼ、パイナップルに白玉まで入っている。そこに更に小さなアイスまで加えていて、なんとも見た目が贅沢だ。
「おお、凄いのう……」
「うん、凄い」
キラキラと宝石箱のように輝いている特製あんみつは美味しそうで、イナリはしっかりと手を合わせる。こんなものに出会えたこと、作ってくれた料理人にも感謝して。
「いただきます」
「いただきます」
紫苑もイナリの真似をするように手を合わせ、そうして黒蜜の瓶を手に取る。小さな瓶に入った黒蜜を回しかけ、まずはどれを食べようかと悩み基本の寒天をスプーンに乗せる。透明な寒天に黒蜜がかかっていて、口に含めば確かな弾力が口の中で踊る。
固い、というわけではない。噛めば砕けてしまう程度には儚い固さだ。しかしその独特の食感と無味は蜜と合わさることでこれ以上ないほどに自分の存在を主張するのだ。
そう、寒天はそれそのものには味はない。ないからこそ、あんみつの中にある様々なものとの組み合わせを楽しめる。その食感だけを武器にやっている寒天は、主役ではなくても最高のパートナーなのだろう。だから、イナリの口の中にも寒天はスルリと入っていく。
「おお、美味い……素晴らしいのう」
「うん。寒天だけだとそんなに……なのに、あんみつになると凄く美味しい」
「寒天だからこそ、なのかもしれんのう」
寒天だけでは成立しないが、寒天がなくても成立しない。そんなベストパートナーの位置に寒天はいる。そして求肥だ。甘い餅にしか思えない赤と緑の求肥は、他がだめでもこれは好きと言われるくらいにはあんみつの人気者だ。そしてそれはイナリもどうやら同じようで。
「この餅のようなものも美味そうじゃなあ」
「求肥」
「うむ、ぎゅうひじゃな。うむ、うむ……」
赤い求肥を食べてみれば、優しい甘味が口の中に広がっていく。食べてみると餅とは明らかに違うのだが、求肥という言葉を知らず説明しようとすれば「餅のようなもの」としか説明できない、そんな食感と味だ。
「この豆もまた良い。確かな食感が欲しいときの助けになっとる」
「……食レポみたい」
「しょくれぽ?」
「ボクにそういう感想言わせたら『美味しい』しか言わない」
「それはそれで良いのではないかのう」
少し溶けてきたアイスも寒天と相性がいい。アイスをそのまま食べても冷たく美味しくて、イナリはにっこり微笑んでしまう。
「これがあいすというやつじゃな……うむ。子供たちが棒に刺さっているのを食べているのは見たことあるが……」
口の中が冷えてきたならば、まだ暖かいお茶を口に含むのも良い。お茶で洗い流された口の中は、まっさらな気持ちであんみつを受け入れる準備が出来ている。
「ああ、美味いのう……」
「うん。美味しい」
結局はそれしか言えなくなってしまう、そんな美味しさだ。それが嘘ではないというようにイナリの尻尾がリズミカルに揺れているが、それを見て店員と……厨房から料理人も顔を出してほっこりした顔をしている。
そうしてあっという間に食べてしまったあんみつの後に、おかわりが注がれたお茶を飲んでほうっと息を吐く。食べた後に爽快感すらあるスイーツだ。決してくどくない、そんな素晴らしさはやはり寒天がもたらすものなのかもしれないが……そんな御託はこの瞬間には相応しくはない。
だからお土産のお饅頭も買って、お店を出て。そうしてもまだイナリと紫苑の笑顔は続いている。
「……ほんに美味かったのう」
「うん。正直あんみつを甘く見てた」
なんだかもう満足して帰ってもいいような気持ちになっているが、それでも何となく紫苑と2人で並んで歩いていく。そうしながら、紫苑はイナリをじっと見る。イナリと出会ってから起こった諸々の後、紫苑はイナリについての公開情報を集めてみた。そうすると、驚くほどに覚醒者としての活動歴が短いことが分かった。つまり、イナリは覚醒者としてデビューしてすぐに頭角を現したということになるが……詳細非公開となっている、受けた記録だけは確認できる本部案件の数もまた少ない。
これに関しては紫苑の救出もその1つとなっているので、恐らく同規模の案件を解決したのだろうことは想像できる。そうなると、凄まじい速度でランキング入りして順位を上げているのも分かる話だった。
「イナリはすごいね」
「む? なんじゃ突然。そんな褒めても出せるもんが先程買った饅頭くらいしかないんじゃが……」
「いや、出さなくてもいいけども……」
「それに凄い凄くないでいえば、紫苑のほうが凄いじゃろ」
「なんで?」
「水の安全を守っとる。今の日本でそれがどれだけ助かる話か、儂も多少は理解できるつもりじゃしのう」
そう、紫苑が4位なのもその辺りの貢献度が大きい。常に川や海の仕事を受け戦っている紫苑は水運関係者や漁業関係者などからは非常に人気がある。そちら方面からのイメージキャラクター契約の話もひっきりなしにきているから、紫苑もそれについては自覚はある。ある、のだが。
「イナリに言われると、なんか凄い嬉しい」
「さよか。儂も良い友人としてやれているということかのう」
「どっちかというとお姉ちゃんかお祖母ちゃん」
「う、うむ……」
家族枠に入れられてしまっているが……まあ、いいかとイナリは気にしないことにきめて。そんな感じで、紫苑との一日は過ぎていくのだった。