お狐様、紫苑と遊びに行く
さて、現代において浅草とはどんな町か? 地理的には上野とも近く、隅田川も非常に近い。この隅田川だが、荒川にも接続し東京湾にも繋がっているため、水運の航路としては非常に重宝され、現在では浅草港が作られ今日も各種の積荷の積み下ろしを忙しく行っている。
そんな浅草は浅草寺を中心に昔情緒を漂わせる店などが多く存在し、それは現代でも同じであった。当然浅草もかつてのモンスター災害の影響を受けて、かつての街並みとは異なっている部分もあるが……熱海同様に観光地としての努力を怠らず復興していた。
「ん」
「おお、紫苑。おはよう」
「おはよう」
そんな浅草寺の前で待ち合わせた紫苑とイナリは、別に浅草寺に行くことはなく、そのまま目的地へと歩いていく。復興した仲見世通りにそれはそれで楽しい場所なのだが、顔が売れているイナリが行くと人混みもあって酷い事故に繋がりかねないので自重することにしたのだ。
「あ、イナリちゃんだ」
「マジだ。何処行くんだろ?」
「てか、隣の子誰だろ?」
そんな声も聞こえてきて、イナリは「おっと」と声をあげる。こういうときの対処はエリからも赤井、ヒカルからも教わっている。
「すまんのう。今日はぷらいべえとじゃからのー」
そう言って笑顔で手を振れば、何人かは写真やら動画やらを撮ってはいるが……近づいてくる者はいない。この辺りのマナーはここ数年で大分浸透してきたらしく、同時に覚醒者側も無下にしない……そんなマナーが求められている。
「さ、行こうかの」
「慣れてる」
「まあ、友人に得意なのがいるからのう」
エリと何度か練習した成果ではあるが……まあ、その辺の話はさておこう。とにかく使用人被服工房の面々はそういうあしらいが得意であり基本技能だという話だ。そして紫苑は顔を売っていないのでそんなに騒がれたりはしない。精々「可愛い子」くらいである。まあ、そんなわけでイナリたちは仲見世通りからは離れ歩いていく。
仲見世通りからズレても多くの店があるのが浅草という場所であり、一帯が巨大な商店街のようになっている。モンスター災害を経て復興し、かつてよりも賑わいを見せているそんな場所には、紫苑がお団子を買った和菓子店も存在している。
「此処」
「ほう、これはこれは……趣のある佇まいじゃなあ」
仁命堂、と描かれた看板も含め和の雰囲気漂う和菓子屋はどうやら中が小さなカフェになっているようで、イナリたちは店員に案内されて中に入っていく。まだお昼にも少し早いせいか店内にはイナリと紫苑以外の客の姿はなく、温かいお茶とメニューが席へと運ばれてくる。
「ご注文決まりましたらお声がけください」
「うむ、そうさせてもらおうかのう」
そんなことを言いながらイナリはメニューを受け取り……1つしかないので机に置き、クルリと紫苑のほうに正面を向ける。
「いいのに」
「なあに、儂はこれで見えるからのう」
「……ん、ありがと」
文字の上下が逆になった程度で別に何の問題もない。そんなわけで2人でメニューを覗き込むが……中々に多彩だ。
まずお団子は基本のみたらし、餡子、よもぎ、磯辺、ずんだ。更には大福におはぎ、お饅頭まである。ドリンクはお抹茶にジュース、牛乳まである。中々に多彩で、イナリは「うーむ」と唸ってしまう。
「お汁粉もあるとは……むむ、あんみつ。そういうのもあるんじゃのう」
「……全部頼む?」
「それはなんだかダメな気がするのう。こう、厳選するのも良いものじゃしのう?」
「そうだね」
「なんと、餅まであるのか……そういうのは正月だけと思うとったが……」
磯辺焼き3個セット、510円。そう書かれた箇所を見ながらイナリは唸るが、紫苑はあんみつを普通のにするか特製にするかで悩んでいた。ちなみに違いは白玉の有無とフルーツの種類である。そうしてしばらく悩んでいた2人だが、やがて頷きあうと店員を呼ぶ。
「特製あんみつ」
「儂も同じものを」
「はい、特製あんみつ2つですね」
店員が注文を厨房へと持っていくのをチラリと見ながら「あんみつだけでいいの?」と紫苑はイナリに聞く。まあ、さんざん悩んでいたのだから2つくらい頼むかと思っていたし、団子を気に入っていたから団子を頼むと思っていたので意外であったのだ。しかしイナリとしては、逆に首を傾げてしまう。
「まあ、あんみつはお持ち帰りはなさそうじゃしのう。それに……折角なら紫苑と同じものを食べて同じ気持ちになった方が楽しかろう?」
「む、確かに。でも、違うものを頼んで分け合うというのもやってみたかったかもしれない」
「なんと。そういうのは思いつかなかったのう……!」
「結構憧れ」
「……今から何か追加してやってみるかの?」
「ううん、また次回。そのときのお楽しみ」
なるほど、確かに1度遊びに行ってそれで全て終わり、という話でもない。また次の楽しみがあるのは実に良いことだし、イナリもそれで良いと思える……そんな、なんとも納得できる話であった。友達付き合いというものに関しては、イナリも紫苑も結構な初心者で。それだからこそ……こういうのもまた、実に楽しいものなのだ。