影は光によって祓われるものだから
さて、結末を迎えた都市伝説事件のその後の話だが……結論から言うと、一般には発表されないことに決まった。まあ、毎度ながら当然の話ではある。人間、生きている以上は町に出て横断歩道を渡り、バスに乗って。学校やら病院やら……様々な場所に向かう必要だって出てくるものだ。
それだというのに「日常生活で貴方は突然行方不明になる恐れがあります」などと発表したとして、その後のフォローをどうするのかという話である。
危険な場所に近づかない、どころか日常生活の話だ。そんなものを発表したところで本気でどうしようもない。恐怖で家から出なくなる人だっているだろうし、都市伝説とは人々の生活に寄り添うようにして存在している怪談話だ、関わらないということが不可能な中、どんな影響が出るか予測不可能ですらある。
知ることによる恐怖よりも、知らないことによる安心。今回もまた、そういう風になった……ということだ。
「まあ、妥当。発表すれば覚醒者を護衛に雇う個人需要も増えるかもだけど、それで解決するわけでもない」
「そうじゃのう。それに、それで解決する話でもなかったからの」
あの事件から数日後。病院で検査して何事もなかった……イナリによるものだと知れたことでひと騒ぎが起こりそうにもなったが、覚醒者協会が病院関係者をガッチガチの機密保持契約を盾に黙らせている……ともかく、何事もなかった紫苑は今日この日、有名なお店のお団子を手土産にイナリの家にお礼に来ていた。甘辛いタレと餡子。2種類の味の団子は大皿に並べられ、湯気を立てるお茶と共にテーブルに並び2人で食べている最中である。
「しかしまあ、紫苑。お主、なんであんな見え見えの罠に引っかかったんじゃ?」
「余裕もなかったし……それに有り得ないことでもなかったから」
「ふむ。まあ、結局はそこじゃのう」
イナリたちも疑ってはいたが、実際に手を出すまでは万が一を考えて泳がせていた。手を出してみたら一般人でしたという可能性を完全に潰すまでは、そうなるのが普通であり……まあ、言ってみれば相手の必殺の手をあっさり無効化するイナリが特殊であるのだろう。
「それで、神の如きもの……って、結局何なの?」
そう、今回もイナリから「神の如きもの」に関しては覚醒者協会に報告されているが、その存在を認知できた者……というよりはコンタクトされた者がイナリしか居なかったせいで、今までと同様の扱いとなっている。それでも「より警戒を」ということでトップランカーたちには知らされているし、紫苑もその知らされている1人であった。とはいえ、現状では知らされたところでどうしようもないのだが、折角なので紫苑はイナリに聞いてみることにしたわけだ。
「ん? うむ……正直分からん」
「神様ではないのかな?」
「それも分からん。そもそも神の定義がのう……」
非常に難しい問題だ。というか「神の如きもの」はシステムによる定義であって、実際には神である可能性も高い。しかしその辺りはイナリが判定できる話でもない。
今までイナリが存在を確認した「神の如きもの」は3柱。
果て無き苦痛と愉悦の担い手。
深き水底にありしもの。
語られる形無きもの。
使徒契約とやらを結び世界への影響力を行使しているのは分かっているが、それによって何を成そうとしているのかは分からない。まあ、今のところロクな相手に出会っていないので、その影響力を排除する方針は間違っていないはずだ。
(とはいえ一時的、であるらしいからの。それも根本的解決とは呼べんが……)
「まあ、万が一何かを囁かれても聞く耳を持たんのが一番じゃ」
「そうだね」
「しつこいようなら儂に言えばええ。どうにか出来るからの」
「うん、分かった」
素直な紫苑に頷きながら、イナリは餡団子を口に入れる。美味しい団子だ……団子そのものの味もそうだが、のっているこし餡の味も良い。丁寧に練ったことが分かる、なめらかな舌触り。イナリはつぶ餡もこし餡も両方良い派だが、この団子は実に素晴らしいと思う。
「美味い……美味いのう。紫苑は団子選びが上手いんじゃな」
「そんな褒められ方をしたのは初めてかも」
「そうなのかえ? まあ、ええ。ほれ、紫苑も遠慮せず食べるとええ。紫苑が買ってきたんじゃからの」
「でも、お礼なんだけどコレ」
「お礼はもう受け取ったじゃろ? ならば今は団子を共に楽しむ時間じゃ」
美味しいものは皆で食べればいい。此処には2人いるのだから、1人で食べるよりも2人で食べたほうが美味しいに決まっているとイナリは思う。だからこそ紫苑に団子を勧めて。紫苑もその気持ちを受け取り、みたらし団子をかじる。
「ん、やっぱり美味しい」
「うむうむ。儂もこの店に今度行ってみようかのう……何処の店なんじゃ?」
「浅草」
「む、名前だけは知っとる」
何処の店が美味しい、みたいな噂もあれば何処では何が起こった、みたいな噂もある。光があれば影があるように、どんな噂も「有り得ない話ではない」からこそ、いつの間にか本当の話のように語られることもある。
都市伝説もそうしたものが多数あり……新しい時代では、都市伝説はダンジョンやモンスターという形で「本物」と化した。それは誰の責任であるはずもない。誰かの責任にしていいはずもない。けれどただ1つ認識しておくべきことがあるとするならば……それは影があるならば、光もまたある。そして光とは往々にして影を祓う力強さを持っているという、そんな事実だろう。
これにて第4章、完!
イナリの秘剣・忌剣のまとめ回などを挟みまして、第5章に入ります!
ええ、キャラ紹介も挟んでおかないと本章で人増えましたしね。やっとこうと思います。
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