お狐様、救出作戦に挑む2
「そうね。でも……」
言いながら月子は村を見る。この村は然程大きいわけではないが、それでも充分に広い。まだ紫苑が健在であれば覚醒フォンで連絡がとれるかもしれないが、都市伝説相手では乗っ取られて情報をかく乱される恐れも非常に高い。
屋内、建物の影……紫苑がいるかもしれない場所は多く、万が一を考えればとにかく早く見つけたい。そして、考慮すべきはそのための分散のリスク、なのだが。
「一応聞くけど、あのネネキリマルとかってので紫苑を探したりは」
「出来んのう」
申し訳なさそうに言うイナリに「別にいいわ」とフォローしながら、月子は方針を決定する。
「2組に分かれましょ。私とイナリ、それと貴方たち2人よ。異論は?」
「ないのう」
「俺もないな」
「同じく」
「決まりね」
此処に集まっているのは実力でいえばこれ以上は望めないメンバーだ。イナリを前衛に数えればバランスの良い組み合わせでもあるし、あとは速攻だ。とにかく紫苑の回収を最優先、ボスは二の次だ。そうして探索箇所を軽く決めると、イナリと月子は走り出す。
「とにかく片っ端から調べていくわよ!」
「承知!」
ひとまず近くの家の扉をスパーンと開ければ、そこには料理をしている女の姿がある。
「あらあら……一品増えたワアアア!」
「外れじゃ」
「アアアアアアア!」
イナリの狐火で女が吹っ飛び、そのまま消えていく。家の中には……紫苑の姿はない。ならばと次に向かえば、鎌を持った男が突っ込んできてイナリの狐火で吹っ飛ぶ。そうして片っ端から調べていくが紫苑の姿はなく。逆方向でも盛大に爆発音が響いてくる。
「赤いマントぐえっ」
「居ないわね……」
月子の背後に現れた赤マントを月子のビットが自動で迎撃するが、まだ紫苑は見つからない。一体何処にいるのか。焦りながらも走っていく月子たちだったが、先頭を走るイナリは曲がり角を走ってきた少年に「むっ」と声をあげる。
恐らく中学生くらいのその少年は、イナリを見つけると「ああっ」と安心したような声をあげる。
「か、覚醒者の人ですよね!? 俺、気が付いたら此処に引きずり込まれてて……!」
「え、ちょ。生存者ですって?」
「あの! 俺を助けてくれた覚醒者の人が大怪我してて! 俺じゃどうしようもなくて、そしたら音が聞こえてきたから……!」
「うむうむ」
イナリは少年の肩を叩くと、安心させるように微笑む。終始落ち着いた様子のイナリは、少年と目線を合わせ口を開く。
「儂らが来たからの、もう大丈夫じゃ」
「で、ですよね!」
「とにかく、まずはその大怪我した覚醒者のところへ連れて行ってくれるかの?」
「はい、こっちです!」
イナリの手を引き走っていく少年の後を、一瞬遅れて月子は追いかける。有り得ない話ではない。しかし、信じていいのだろうか? あまりにも……あまりにも都合がよすぎる。しかし、試しに少年を攻撃してみるわけにもいかない。
『まあ、大丈夫じゃよ』
「えっ⁉」
直接頭の中に響いてきたイナリの声に月子はビクリとするが、前を走るイナリは振り返ってすらいない。
『念話じゃよ。そのまま聞いとくれ』
(噓でしょ。そんな『サイキッカー』みたいなスキルを……?)
『如何にも罠じゃが、まあ疑うより信じたほうが話が早い場合もあるからの。ま、ひとまずは任せとくれ』
イナリが念話を使った驚きをひとまずさておいて、月子は確かにその通りだと自分の中で作戦を切り替えていく。これが罠であれば、恐らくはイナリを無力化するためのものであるのは間違いない。それを理解した上で大丈夫だと言っているのであれば、まずは任せてみても構わない。もしダメであれば……全てを吹っ飛ばすまでの話だ。
「こっちです! ほら、あそこに!」
何かを祀っている小さな祠の側に倒れている少女。それは間違いなく紫苑で。イナリは少年と共に走り寄り、紫苑の状態を確かめる。激しい攻撃を受けたのだろう、重傷というよりも瀕死。となれば……此処でどうにかするしかない。
「だ、大丈夫なんですか!? さっきから顔色もずっと悪くて」
「うむ。ちいとばかり離れておるんじゃよ」
「治せるんですか!?」
「うむ」
狐月を構えるイナリに「わあ……」と少年は驚いたような声をあげて。
「よかった。もう安心だ……!」
「……」
本当に嬉しそうに喜ぶ少年に、月子は警戒の色を向ける。少年の言っていることに矛盾はないように見える。しかし、状況が矛盾している。紫苑のあの傷は明らかに大量の敵と相対して出来たもの。その状況で少年が無傷でいるというのは……明らかにおかしい。しかし少年を敵と断定するほどのものでもない。
そうしている間にも、イナリは紫苑の前に膝をつき狐月を掲げ刀身に指を這わせ滑らせる。
イナリの指の動きに合わせ青白い輝きを纏っていく狐月は、何処か神秘的で温かい光を放つ。
「集い、癒せ――秘剣・蛍丸」
その暖かく青白い光は無数の蛍のように小さな輝きとなり、紫苑に吸い込まれて……その傷をみるみるうちに癒していく。
「凄い……」
少年も、月子も。その様子を驚きの表情で見つめる。腕のいいヒーラーでも、瀕死の者を治すのにはかなりの魔力や強いスキルが必要になるものだ。それを、こんないとも簡単に治すというのは……それだけでもイナリの凄まじさをよく示している。
そしてそれは同時に紫苑の命が助かるということも示していて、月子はホッとした表情を見せる。
少年も同じように、安心した笑顔で凶悪なデザインのナイフをイナリの背へと振り下ろす。
……月子とて目が節穴なわけではない。少年の一挙一動は監視していた。しかし、少年の手にある凶悪なナイフはあまりにも突然、手品のようにその手に現れた。
「本当によかった。こんな出鱈目な奴を殺せて」
神器『大団円の裏切り者』。都市伝説において語られることの多い、最後のどんでん返しの恐怖を体現した武器。全てが「めでたし」になりそうな瞬間を最悪に変えるその神器がイナリへと振り下ろされて。その巫女服に、アッサリとはじき返された。
ご要望もありましたし、本章終了後にイナリの使った秘剣&忌剣のまとめ回やろうと思います。