お狐様、救出作戦に挑む
「……驚きだわ。まさか本当に異界の入り口を探り当てるなんて」
「巫女系のジョブって、こんな能力があるのね」
月子の周囲に浮かぶ複数の小さなボールのような「ビット」が襲ってくる人面犬たちに片っ端からレーザーを放ち、サリナが黒い炎で口裂け女を焼き尽くす。
そう、あの後イナリの「祢々切丸」の力で犯人を追いかけ、人通りの少ない横断歩道に潜んでいた「異界への入り口」を見事見つけ出しこじ開けたのだ。
「ま、儂は他の巫女やらは知らんがの」
六尺さまを狐火で爆破し、イナリは何でも無さそうにそんなことを言う。実際、イナリは他の「巫女」ジョブの持ち主に出会ったことはない。どんな人物で、どんなスキルを持っているか……何も知らないし、あまり興味もない。他人と比べて何か差があったからそれでどうなのか、といったようなイナリらしい興味の無さによるものだが、実際に比べてみればイナリとは随分と違うことに気付くだろう。一般的な「巫女」ジョブとは魔法系のジョブであるからだ。間違っても刀を振り回したりはしない。
「とにかく敵陣には突入できたんだ。このまま一気に制圧しよう!」
狂暴なサルの群れを光る剣で獅童が切り裂き、意気揚々と叫ぶ。楽しそうな様子を隠せていない獅童だが、まあ無理もないことではある。紫苑を助けるという目的こそあれど、それでもこんなドリームチームが集まることは早々ない。正直獅童はイナリについてはよく知らないが、此処を見つけ出した手腕でただ者ではないことはよく分かる。
「ん? なんじゃ?」
「いや。頼りにしてる」
「うむ。そう言われれば応えねばのう」
言いながらイナリが連射する狐火は、1発1発が相当の威力を持っているのがこの場の誰にも分かった。それを何でもないとでもいうかのように連射している様子にサリナが「うわ……」という顔をしていたが、魔法系遠距離ディーラーとして実質トップのサリナから見てもそれは凄まじいものであるということでもあった。
(何あれ……ヤバくない? 軽く見積もっても魔力B……いや、Aよね? いや、でも相性が悪いだけで私は負けてない……)
実際、此処ではサリナの暗黒魔導はその威力を大きく減衰させているので「負けていない」発言は根拠のないものではなかったりするのだがまあ、さておいて。
「しかしこの場所……『地図に無い村』よね?」
「都市伝説にあるやつじゃったな」
「そうね。もう1つの異界が『きさらぎ』で、こっちが『地図に無い村』とは……」
地図に無い村。それは日本に複数存在する同系統の都市伝説の総称である。場所も名前も他の様々なものも違うが、共通しているのは「地図に存在しない村」であり、普通に暮らしている限りでは辿り着くような場所には存在せず、辿り着いてしまったら生きては帰れない。他にも携帯が通じないとか警察には通じないとか、まあとにかく「二度と帰れない」系の都市伝説である。
それでいて「同様のものが複数ある都市伝説」であり、それが自分の正確な場所を悟らせず、入り口まで変化する異界としての性質の元となったのだろうと思われた。
「問題は、そんなものは埼玉第4ダンジョンでは確認されてないってことよ。『きさらぎ』が現実になったってだけでも驚きなのに、モンスターどもにそこまでの応用力があるってことなのかしら」
「さて、のう。首魁がいるのは確かじゃろうが……こればかりはの」
「そうね。どのみち、私たちが此処に来た以上は終わりよ」
月子の言葉は正しい。此処に居るのは「勇者」や「要塞」を除けば間違いなく日本の最高戦力であり、月子は利島の件を1人で解決したイナリもそれに匹敵する戦力だと認めていた。特にこの場では、自分たちよりも相性がいいとすら考えている。
自動攻撃のビットがレーザーの乱射を終えたのに気付き、月子は周囲を見回す。少なくとも村の入り口付近の敵は掃討できたようだが……村の建物の中からも多くの反応があるのが分かる。
「ああ……お客さんだ……」
「歓迎せにゃあ」
「ようこそ、ようこそ。そしてさよなら」
人のよさそうな顔をした村人たちが鎌やナタなどを手に出てきて、そのままとんでもない速度で月子たちへと走ってくる。
「ヒイイヒャハハハハハ!」
「シネシネシネシネエエエエエ!」
「お断りじゃ」
「アギャアアアアアアア!」
イナリが放った狐火が村人たちを吹き飛ばし、しかしその場には魔石1つ残らない。人間ではないのは確かだが、モンスターでもない……ということなのだろうか?
「たぶんだけど、トラップと同じ扱いなんでしょうね。今のは」
「その『とらぷ』というのは何かの?」
「罠よ、罠。この村の家に付随する仕掛けってこと」
「おお、なるほどのう。時計から出てくる鳩と同じということじゃな」
「そうね」
(例えが古い……鳩時計っていつの時代のよ……)
しかしまあ、意外に適切な例えかもしれないと月子は思う。条件を満たせば飛び出てくる鳩時計の鳩。今は倒されて消えたが、またいつでも出てくるだろう。どうにかするには、この異界を消し去るしかないが……それは相当に厄介なことだ。
「しかしまあ、そうなると紫苑のことがますます心配じゃ。一刻も早く探さねばのう」